32.公爵は独占欲を隠さない

 衝立から飛び出してきたセイディは、今度はひらひらだと言って喜んでいる。

 スカートにボリュームのない、裾がよく揺れる軽そうなワンピースは普段用だろう。


 ジェラルドは目を細め、少し前のセイディを懐かしく思った。


 服が小さくなることは想定されていた。

 あのようにがりがりに痩せた身体だったのだ。それは当然、食事を取れるようになれば、体付きもふっくらと変わっていくことが期待されていた。

 

 だからそれを見越し、いつでも直せるようにして多くの服が作られてきたはずなのに。



 驚くべきことに、セイディの身長が伸び始めた。

 まさかそんなことがあるのかと狼狽えたジェラルドだったが、医者は珍しいケースだと言ったがあり得ない話ではないと意見する。


 栄養不足で止まっていた身体の時間が動き始めたのではないかと考えられたが、成長期を迎えてもおかしくないギリギリの年齢だったことも良かったのではないかということだった。

 十五歳なら、確かに成長する可能性はある。


 しかしそれならそれで、ジェラルドは新しい服を少しずつ増やしていけばいいと考えていたところだったのに。

 何故こんなにも多くの服を、先に母親に選ばれなければならないのか。


「あなたが選ぶと、全部同じ色になるじゃない?だから私が選んであげているのよ」


「そんなことはありません!多くの色を選んできました。そこに決めた色を加えただけで……全身なんてことは……少ない分しか……」


 歯切れの悪い言い方をする息子に、母親は理解を示した。


「その気持ちは分かるわよ。でもね、セイディちゃんに似合う色は沢山あるわ。多くの色をクローゼットに溢れさせて毎日の服選びも楽しんで貰いましょう?」


「それは賛成ですね」


 セイディのためならば素直に反省し提案を受け入れるジェラルドだったが、そんな彼にも譲れないことがある。


「しかし外に出掛けるときにはっ!」


 どうせ外出するなら周りに自分の大事な番であることを示したいジェラルドだった。

 そんなジェラルドにも、母親はにこりと微笑み理解を示す。

 さすが番を知る者だ。


「分かっているわよ。その分は選んでいないわ」


「え?しかしこれはデートの準備だと」


「そうよ、準備よ。外で困らないように、お出掛け用のお洋服に慣れておくの。おすましの練習も始めたでしょう?そのときに着て貰うわ。それからね、ジェラルド。セイディちゃんの遊ぶとき用のお洋服が足りていないわ。これは駄目ね」


 言葉に詰まるジェラルド。


 通常、貴族令嬢は庭を走らないし、ましてや庭で縄跳びを始めない。

 それで最初は、貴族令嬢が着るなかでも簡素なタイプのワンピース姿で遊ばせていた。


 しかしいくら目立った装飾がなくても、飛び跳ねる遊びにスカートは向いていないし、セイディの身体能力ではひらひらした服があちこちに引っ掛かり危なかった。


 そこで何を着せるべきかと悩んだジェラルドは、自分が幼少期に着ていた服を引っ張り出して、それを着せていた。


「あれはあれで可愛いけれど、セイディちゃん用の可愛いものを作ってあげなさいよ」


 分かってはいたけれど、ジェラルドはあえて何も用意しなかった。

 自分の幼い頃に着ていた服を見に付けたセイディがあまりに可愛かったからだ。


 要は己の欲のためである。


「皆からも意見があったって言うじゃない?そんなことでは駄目よ」


 ジェラルドには覚えがあった。


 庭師などが庭師用の服はどうかと言ってきたときには、熱くなって自分の服がいかに良いものでセイディに似合っているかを語ってしまったこともあるし。

 侍従や侍女長が新しく専用の服を作らせてはと提案したときには、即断で一蹴したことも一度ではなく。


 いずれは買うつもりでいたのだ。いずれはセイディから望まれるかもしれなくて……。


「あなたに任せていたら、セイディちゃんもおばあさんになってしまうでしょう?だから私が運動に適したまったく新しい服をデザイナーと一緒に考えてみたわ。うふふ。もしかしたら王都で流行るかもしれないわね」


「なにをっ!セイディを見せ者にはさせませんよ!それだけは許せません!」


 新しい服を売り込むということは、その服を着たセイディを見せびらかす気だろうとジェラルドは思った。

 しかしジェラルドには、運動しているセイディの姿など誰にも見せる気にはなれない。

 公爵邸の使用人でさえ、ぎりぎりで許されていることなのだ。


 急に獅子のように猛るジェラルドに母親は余裕の顔で笑った。


「それも分かっているわよ。ただ新しい服を作って娘に着せていると私が話すだけだわ」


 お茶会などで先代公爵夫人がそのように語れば、確かに他家の夫人たちも興味を持ってくれるだろう。

 しかしジェラルドはこれも嫌だった。


「それも避けていただきたい」


「嫌だわもう、心が狭いんだから。誰ともお揃いにはしませんよ。セイディちゃん用にと考えたデザインが沢山あるの。そのなかでセイディちゃんが選ばなかったものを広める予定だわ」


「是非そうしてください。セイディのものはセイディ専用で。似たものでも駄目ですからね!セイディ専用のものとは掛け離れたデザインで広めてください!」


 番の独占欲の強さには理解あるジェラルドの母親だから、ここで笑えるが。

 本当の意味でそれを知らない者たちは、ジェラルドのこの狭量さに想うところがあるに違いない。


「分かったわよ。それからね、ジェラルド──」


 セイディが衝立の向こうから出てくるたびに会話は止まったけれど。


「まだあるわよ、ジェラルド。よく聴きなさいね」


「うげ……」


 実母からの小言が続き、思わず公爵らしからぬ声を漏らしてしまうジェラルドであった。




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