29.公爵はまだ両親に敵わない


「すべて断りましたので、問題はありません」


 ジェラルドも寸前まで喚いていたことが嘘のように、すっと顔付きを変えてそう返した。

 先代公爵は笑顔のまま肩を竦める。


「そうは言っても相手は王家だ。事情が事情なだけに許される立場とはいえ、そろそろ私たちが顔を出しておこうと思ったのだよ」


 番が見付かったお祝いに食事会に招待したい、舞踏会での番の紹介を希望する等々、王家からの番を見せよという催促が続いていた。

 まもなく公爵夫人となる女性なのだから、王への挨拶もないのはおかしいと言いたいようだ。


「相手をする必要があるでしょうか?」


「うん、非常識だとは思っているよ」


 セイディは王都で見付かった。

 だからアルメスタ公爵家から正式に報告していないとして、すでに王家で勝手に情報を仕入れているはずである。


 それなのにセイディを出せと繰り返し言ってくるのであれば、それはもう嫌がらせとして捉えられても仕方のないことだった。

 番に関する常識が知れ渡っているこの国で、今の王家が知らないからなんて言い訳は通らない。


「だからジェラルドの対応で良いと考えていたのだけれどね。私たちにまで連絡が届いたんだ」


「父上にですか?まさか王都に来いと命じられて?」


「いや、それはない。私たちからジェラルドに番を連れて来るよう説得してくれという話だ」


 ジェラルドは腕を組んで呆れてしまった。


「何をそこまで……怯えているのか?」


「うーん。どうだろうねぇ。確認の意味でも、一度陛下とはじっくり話して来ようと思ってね。場合によっては、きついお灸を添えて来るよ。君からよりかは効くだろうさ」


「それは是非お願いしたいですね」


「任せなさい。それから、シェリルはセイディちゃんとお出掛けをしたいそうだ」


「は?」


 ジェラルドは急に話を変えた父親が信じられなかった。


「お気に入りのブティックに連れて行って、それから長く懇意にしてきたパティシエの店に行き、その後は私も合流して貸し切りにした庭園を散策、続いて──」


「お待ちください。なんですか、その激しく忙しい予定は。いやいや、そうではなく。それ以前に駄目です!セイディを邸の外になんて連れて行かせません!」


「言うと思ったよ。でもこれ決定事項だから」


「今の公爵は私です!」


「うん、我が領地を運営している者は誰かな?」


 睨む息子に、どこ吹く風で笑顔の父親。

 トットはにやついて仲良し親子を見守った。


「だからね、先に二人でデートを楽しんで来るといい。その後、私たちと出掛けるとしよう」


「しかし……」


「話し合いの内容にもよるがね。あまりにしつこいようなら、君たちは領地に移動してはどうかとも思っていてね。王都では落ち着かないだろう?」


「それは有難いお話ではありますが……」


「ただし少しは領地経営にも関わって貰うから、そのつもりでね」


「それは分かっています。これからは当主の仕事もしなければならないと思っておりましたから」


 ジェラルドも甘えてきた意識はあった。


 公爵位を譲られたからには、本来ならば領地のために忙しく働いているところ。

 それを両親が番優先でいいと、引退してもなお公爵が行うべき仕事を代行してくれていた。


 番探しを終えた今、爵位を戻すことをしないのであれば、少しずつでも公爵の仕事を引き継いでいかなければならない。

 ただし番を知る者として、いついかなる場合にも番が優先となるところは変わらない。


 それは先代公爵も同じで、彼は立派な領主ではあるけれど、番である妻に何かあれば、領地も領民もどの仕事も二の次三の次となる。


「そう構えなくても大丈夫さ。急ぎでないものはこちらにいる私たちに回すといいし、我々も王都で必要な片付けが終わったら領地に戻るからね。結果によっては、しばらく王都のこの邸を閉鎖することも考えているよ」


 そこまでとは……ジェラルドは目を瞠り父親を眺めた。


 アルメスタ公爵家が王都の邸に引き継ぎの者さえ置かず領地に撤退したとなれば、それは王家や他貴族への強い意思表示となる。


「向こうならいくらでもデートは出来ようね。だから今のうちに王都をさっと楽しんでくるといい」


「……接触してくることはないでしょうか?」


「それも釘を刺しておくさ。それに君たちはよく守られている。そうだね、トット」


 トットは笑顔で頷いた。


「予期せぬ対応はおまかせくださいませ」


「まさか……それは許せませんよ、父上!」


「何のことかな?」


「父上!」


 誰がセイディを外へと連れ出すものか。

 ジェラルドはそう決意していたのに。




 ほくほくと顔を上気させ、母親に手を引かれて戻ってきたセイディは、ジェラルドを見付けると嬉しそうに手を振ってこう言った。


「そと、いきます!おかあしゃま、でーとです!でーとしましゅ!」


「なっ!」


「じじょちょのそふぃあいきます。めあり、くれあ、りしゃ、そうだんです!」


「なんだとぉ!」


「おほほ。セイディちゃんとデートをしてきますからね」


「母上!何を勝手なことを!」


 ジェラルドが怒鳴った瞬間、セイディの瞳はしゅんと陰り、ジェラルドは慌ててセイディを抱き上げた。

 出て来たのは甘ったるい声だ。


「駄目ではないよ、セイディ。デートはいいものだからね。だから母上の前に私と先にデートをしよう。はじめてのデートはルドと一緒だ」


 ぱぁっと輝く瞳と共に嬉しそうに笑うセイディはジェラルドの首に抱きついた。


「るど、いっしょ、でーと!でーとしゅる!でーとしましゅ!せいでぃ、でーとです!」


 両親が決めたなら、ジェラルドに選択肢はなかったのである。

 形ばかりの爵位を譲られた今も、ジェラルドの立場は公爵令息のままだった。




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