28.公爵は父親に翻弄される

 ジェラルドはぐんぐんと成長していくセイディと共にいて、未来にあれこれと幸せな予定を立てていた。

 いずれは二人で大浴場を使用することもそのひとつで、母親に先を越された今や、心から落ち込んでいる。


 項垂れるジェラルドの前のソファーで、先代アルメスタ公爵である父親は苦笑を浮かべた。


「まぁまぁ落ち着きなさいな。セイディちゃんがジェラルドから離れることはもうないのだ。これから機会はいくらでもあろう」


 がばっと勢い顔を上げたジェラルドはまた吠えた。


「当たり前です!二度と奪わせませんよ。問題は先を越されたことです!」


 コトっとわざとらしく音を立て、トットが二人の前のテーブルにお茶を置く。


「シェリルとは同性同士だ。競うものではなかろう」


 シェリルとは、先代公爵夫人、つまりジェラルドの母の名だ。


「性別など関係ない。競うものなんですよ。近頃は敵ばかり……トット!」


 不満たらたらのジェラルドは、矛先を側で控える侍従に変えた。


「はいはいなんでございましょう主さま」


「なんだと聞きたいのは私の方だ!どうなっている?」


 トットは「はて?」と首を傾げる。


「どうもなってございませんが。何か問題がございましたでしょうか?」


「白々しい。何故父上たちが来ることを知らせなかった?」


「そう頭ごなしに叱らないでやってくれ。私が止めたのだよ、ジェラルド」


「父上が?何故です?」


「お伺いを立てていたら、君は断っていただろう?」


「それは当然ですよ!いずれはご挨拶をと思っていましたけれど、まだ早い」


「そうかね?番の良さを伝えたいと思って来たのだが」


 ジェラルドはむすっとした顔をして、トットを睨んだ。


「話が違うな、トット?」


「そうは思いません」


 簡単に言い切る侍従に、ジェラルドはますます苛立つが、トットはその意思をすらすらと語っていく。


「たまたまお館さまからご連絡を頂きました。そこでこちらの計画についてお伝えしましたところ、ご協力いただけるとの有難いお言葉を頂戴しまして」


「あえて話して父上にお願いしたんだろうが!この裏切り者め!」


 番を匂わせる物語を読み聞かせる。

 番同士である使用人夫妻の仲の良さを見せ付ける。

 そのように段階を踏んで、番という言葉の拒絶感を薄めていく予定だった。


 そしてもう少し言葉を覚えたのちには、セイディの番がジェラルドであることを説明し、完全に過去の嫌な記憶を排除する予定だったのである。


 というのは、あくまでジェラルドが考えていた悠長な計画であったが。

 トットを含め、使用人らは協力してくれるはずだった。そこで両親登場なんて話は聞いていない。

 アルメスタ公爵邸にも番を知る使用人たちはいるのだ。番同士、夫婦で働いている者もある。


「これは悲しいですねぇ。トットはいつでも主さまのためを想い存在しておりますのに」


「何が私のためだ!まだ早いことは分かっていよう!」


 ジェラルドの両親は番同士だ。

 両親に会えば必ずその話になるだろうと考えたジェラルドは、独り占めしたい気持ちも相まって、セイディが番という言葉を克服するまでは両親に会わせる気はなかったのである。

 ……ほとんどは後者の気持ちが主体であったけれど。



 そのようにしてジェラルドの予期せぬところで突然現れた両親は、セイディを昏い瞳に導く新たな言葉まであっさり見付けてしまった。


 親に捨てられたのだと、誰かがセイディにそう伝え、そしてセイディを痛めつけた。

 親から引き離しておいて、なんと惨たらしいことをしていたのだろう。


 しかもあながち間違ってはいない話だから、質が悪い。


「彼らは私たちが出る幕もなく大人しくなったようだね」


「あまりにしつこかったので、少々強めに対応しておきました。問題はありませんね?」


「こちらは問題ないけれど、それで良かったのかな?」


「父上たちもそのように考えていたから、親を名乗ったのでは?」


「それは考え過ぎだ。私はただ可愛い娘に『おとうしゃま』と呼んで貰いたかっただけさ」


「何がおとうしゃまですか。毎度あのように緩んだ顔を晒して。恥ずかしくないのですか?」


 侮蔑を込めて言うジェラルドだったが、そっくりなお顔をされていますよーと、トットは心の中だけで主を冷やかしておく。


「いやぁ。セイディちゃんは可愛いねぇ。小さい頃も可愛かったけれど。いやぁ、うん、あんなに可愛い娘がいて、おとうしゃまは嬉しいなぁ」


「セイディはあなたの娘ではありません!」


「おや?まさかセイディちゃんから、大好きなおとうしゃまを取り上げる気かい?」


「大好きなどとおめおめと!セイディが大好きな男は私だけです!」


「それはどうでしょう主さま。セイディさまはトットのことも大分好きだと思いますよー?」


「トット、お前まで調子に乗るな!」


 分かっている侍従と共に一通り息子を揶揄ったところで、先代公爵は一口お茶を飲んだあと、穏やかな顔を崩さず、しかし纏う雰囲気を変えていた。


「頻繁に書状が届いているそうだね?」





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