26.無ではなかった彼女の心
「そう拗ねるな、ジェラルド。息子の大事な女性に早く会いたいと気が急いてしまってね」
「あなたに機を任せていたら、いつまでも会うことが出来ないでしょう?」
ジェラルドに抱かれたセイディは、穏やかな口調でそう話す男女を、じーっと観察するように見詰めていた。
と思えば急にジェラルドの髪をちょいちょいと引っ張ったのだ。
「どうした、セイディ?」
両親に厳しい目を向けていたジェラルドの目付きが緩む。
そんな息子の変化に、先代アルメスタ公爵夫妻は目を見合わせて喜んだ。
「るど、いっしょ!」
「ん?あぁ、髪色か」
ジェラルドの髪は父親から引き継いだ銀髪で、この国では比較的珍しい色だった。
アルメスタ公爵邸に同じ銀髪の使用人はない。
「それならセイディちゃんの髪色は、私と一緒ね?」
セイディは白に近い光によく透ける金髪である。
一方ジェラルドの母親は光を反射する黄色みの濃い金髪だった。
しかも金髪はこの国ではよく見る髪色で、もっとセイディに近い髪色をした使用人も働いていたし、二人を同じと称するには少々無理があるのでは?とジェラルドは思っていたが。
「せいでぃ、いっしょ!」
セイディが喜んだので、ジェラルドは口を噤んだ。
「えぇ、そうね。セイディちゃんと一緒で嬉しいわ」
「せいでぃ、いっしょ……いっしょ!」
ジェラルドの両親は察しが良く、セイディの求める言葉を理解した。
二人はジェラルドに抱かれたセイディに視線を合わせると、親らしい慈しみ深い笑顔を見せる。
それは長年二人が公爵夫妻として外向けに見せてきた笑顔とは、まったく質の違う種の笑みだった。
「おとうさまだよ、セイディちゃん。私のことは、おとうさまと呼んでおくれ」
「私はおかあさまでお願いするわ」
いや、待ってくれと、ジェラルドは両親の暴走を慌てて止めた。
「さすがにそれはおかしいのでは──」
「ん?何か問題かね?」
父親は何喰わぬ顔をして、ジェラルドの否定を交わし、なおセイディに微笑みかける。
「おとうさまだよ。呼んでくれるかな?」
「おと、おと……しゃま」
胸を押さえて背中を丸めた父親に代わり、母親が前へ出た。
「おかあさまよ。おかあさまと呼んでちょうだい」
「おかしゃま!」
同じく胸を押さえて震える母親を前にして、いつもなら自分も震えているジェラルドは、すんと心が冷えていく。
「おかしな人らですまないセイディ。二人はこれでも喜んでいるから、気にしないでくれ」
「おかし?」
「あぁ、二人はルドの親でね」
「そうだとも。私たちはジェラルドの親なんだよ」
「だから、セイディちゃんの親でもあるの」
復活して意気揚々と語る二人に、いや、違うだろうと、ジェラルドは心中では否定した。
されど二人の思惑に乗った方がセイディにとって良いのではないかとも考えていたので、あえて何も言わなかったのだけれど。
「あら?セイディちゃん?」
はっとしたジェラルドは、セイディの瞳の陰りを確認し、急いで背中を押さえた。
すぐに服を脱ごうとするだろうと予期し、先に動きを止めておいたのだ。
ところがセイディは今までにない動きを見せた。
自分からジェラルドの首に腕を回し、ぎゅっと抱き着き、そして言う。
「せいでぃ、いたい、ないない」
目の奥が熱くなったジェラルドは、震えそうになる声を抑えて、セイディの耳元へ囁く。
「あぁ、痛いことはしない。大丈夫だ。あんなことはもう誰もしない。だから服も脱がなくていい」
「おや、すてる、いちゃい。せいでぃ、いたい、ないない」
ジェラルドは目を固く閉じ、セイディの背中を擦った。
「大丈夫だよ、セイディ。私が守るから、これからはもう痛いはない」
セイディが過去に触れるような発言をしたのは、これが初めてのことだった。
いつの間にか姿を見せていたトットは、口元には笑みを浮かべていたのに、珍しく長いこと眉間に濃い皺を寄せていた。
他の使用人らもそれぞれ悲痛な面持ちや、怒りを露わに、セイディを見守っている。
そんな彼らを余所に、まったく負の感情を周囲に感じさせない微笑みを浮かべ続けていたのは先代公爵夫妻だった。
セイディに会いたかったことは本当だったが、二人はある目的を持って王都の邸にやって来ている。
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