23.公爵は番を誤解する
ジェラルドに運ばれるセイディの瞳が陰っていく。
せっかく人を見付けたのに、誰もがセイディを見ずに遠くへ行ってしまうからだ。
おててふりふりの機会を知らず逃す使用人たちは、セイディがまさか落ち込んでいることにも気付かない。
それは階段を上り、廊下の先にいつもセイディが過ごす部屋の扉が見えてきたところだった。
「よしよし痛いな、すぐに治し……セイディっ!」
ジェラルドを見上げるセイディの瞳が潤んでいたのだ。
ジェラルドの胸は、湯が沸いたようにぽっと瞬間的に熱くなった。
感動もあるが、心配と罪悪感で、胸に熱く込み上げてくるものが止まらない。
「すまなかった。今日は私の配慮が足りなかったね。痛いな、セイディ。すぐに治して貰おう」
「すまな…た、きょう、わたし、はいりょ……」
「痛いのだから、無理して話さなくていいのだよ」
「いたい……?」
舌を噛んだ様子だけれど、普通に話せる程度。
そう知れたジェラルドは安堵しつつ、歩みを遅めてセイディの額にそっと唇を置いてすぐに離した。
「口の中がずきずきと痛むだろう?それを人は痛いと言うんだ」
「くち、ずきずき。せいでぃ、いちゃい」
涙がこぼれ落ちることはなかったけれど、セイディの瞳が濡れたという重大情報は、使用人らにも瞬く間に共有された。
痛みの感覚がちゃんとあると分かりほっとするのも束の間、それはそれで今までのセイディを想いそれぞれは胸を痛めることになる。
誰もがセイディは痛くて泣きそうになったのだと信じていた。
そして翌日もいつにないことが続く。
「せいでぃ、いたい」
「なっ。舌がまだ痛いか?」
起きてすぐに痛みを訴えたセイディに、ジェラルドは狼狽え、侍女長は医者を呼ぶため駆けていった。
医者の見立てでも軽く噛んだだけですぐに治るという話だったはずだ。
それに夕食も問題なく食べ、プリンだって昨日は特大サイズを完食している。
なのに朝から痛いと言うなんて。
「ないない」
セイディが首を振って、そうではないと訴え始めた。
そう、いつの間にか首を振ることまで覚えたのだ。
「まさか違うところが痛むのか?どこだ?どこが痛い?」
「せいでぃ、いちゃい」
セイディは侍女長が閉めていった扉を見た後、今度は窓の外を眺め、そして目を潤ませた。
ん?と思ったトットが、さっと柱の影から顔を出す。
ところが気付いて欲しい人が気付く前に、声が掛かってしまった。
「大変だぞ、トット。セイディがどこか痛むらしい。医者はまだか?」
「落ち着いてください、主さま。セイディさま、おはようございます」
トットを見付けたセイディの瞳は明らかに輝いた。
「とっといた、おててふりふり!」
「え?」
ジェラルドは呆気に取られ、トットは笑顔で手を振り返す。
「セイディ、どこも痛くないのか?」
「せいでぃ、いたい」
おや?これはもしかして。
トットは目を細めてセイディを観察し、一方ジェラルドはセイディを抱き締めた。
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