22.事件はいつも突然に

 大きくゆったり回る方が目で楽しく、肩にもよろしいでしょう。

 そんな医者の助言もあってトットが用意したのは、先ほどまで二人が使っていたよりずっと長いロープだ。


「さぁ、セイディさま。びゅんびゅんをお願いしますね。最初はトットもお手伝いいたしますよ」


 と言って、さっさと侍従がセイディの後ろに回ったとき、ジェラルドはむっとした

 この役割分担もおかしい気がしてきたのだ。


「主さま?」


 しかも侍従は、笑っているのに早く動けと圧力を掛けてくる。

 どうも近頃公爵としての立場が揺らいでいる気のするジェラルドであった。

 公爵の仕事をしていないのだから当然なのか?いやそれはおかしいだろう?


 しかしセイディの手前、揉めたくはなかったので。


「セイディ、こちら側を渡すから、一緒にびゅんびゅんとロープを回そうね」


 確かにジェラルドはセイディにロープの片方の持ち手を渡したはずなのに。

 それを持っているのがトットに変わった。

 しかもトットはジェラルドに早くこの場から離れろと目配せしてくるのである。


 やはり役割が逆だったのではないか。


「主さま、セイディさまとご一緒にびゅんびゅんするはじめての機会を失われてもよろしいのですか?」


 むぅっと唸るジェラルドは、セイディの頭を撫でてから、渋々と歩き出し二人から距離を取る。

 そしてすぐに長いロープは空に向かって弧を描き始めた。


 簡単に言えば、飛ぶ者のない大縄跳びだ。

 つまり三人でロープを回しているだけなのだが。


 いつの間にか、トットの手の中にセイディの両方の手が収まっていた。 

 おかげでロープの片側が飛んでいくこともなく、セイディも瞳を輝かせているので、やはりこれで良かったのだろうと、ジェラルドは無理やり己を納得させた。


 しかし心の奥の方では、本気で悩み始めていることがある。

 自分を二人に増やす方法はないか。


 そんな不毛な悩みに触れる勇者はおらず、トットは知らん顔をしていつの間にか手を離すと、後方からセイディを褒め称えた。


「その調子です、セイディさま。御手を離さないようにぎゅっと掴んでおいてくださいね。お上手ですよ、セイディさま。びゅんびゅんといい音が鳴っています」


 褒められてセイディは張り切った。

 それで腕をぐるぐる回す。

 頑張るあまり、途中腕を高く上げるときには、何故かつま先立ちに背伸びをするような恰好になっていた。


「びゅんびゅんびゅんびゅん!」


 急にこんなに動いて大丈夫だろうか。


 心配になってきたジェラルドは、そろそろ休憩しようと、まだほんの僅かな時間しか過ぎていないのに、庭でプリンでも食べられるよう整えて貰おうと考え始めたときである。


 何の前触れもなく、トットが飛んだ。


「は?」


 計画にないことをはじめた侍従を、信じられないものを見たような目でジェラルドは見詰める。


 見間違いではなく、ジェラルドがセイディと楽しく回すロープの内側に飛び込んだトットは、なおそこで飛び跳ねていた。


「とっと、ぴょんぴょん!」


 セイディが喜び勇んで、ロープの回転が若干だが早まる。

 するとトットの跳躍も間隔が早まって、セイディは夢中でロープを回し飛び跳ねるトットを見詰めた。


「セイディさま、回してくださってありがとうございます。このトットがお礼にもっと楽しいものをお見せしましょう。それよっと」 


 くるんと空中で前に一回転。

 喜ばれて、今度は後ろに一回転。


「ななな何をしている!」


「とっと、ぴょんぴょん!」


 わなわなと震えながらも、ロープを止めるわけにはいかないジェラルド。

 そのうえセイディの嬉しそうな声を聴けば、トットを止めることも出来ない。


「飽きないようにですよ、主さま。今日は少し頑張ってみましょうというお話でしたね?」


「そうは言ってもだな」


「とっと!とっと!」


「お任せくださいセイディさま。あなたのトットはいくらでも飛んでみせましょう」


 おのれ、トット。

 もう許さない。


 ジェラルドが嫉妬に狂う寸前、トットは回るロープから逃げ出した。

 これでやっとセイディを止められると思ったジェラルドであったが……。


「は?」


 ジェラルドは再び目を疑ったが、そこに照り輝く頭皮は本物だった。


 自分の出番を待っていましたと、ロープに飛び込んだ男は庭師のヘンリー。


 いや待て、庭師が何をしている。

 本当に待ってくれ。

 何を片手で逆立ちしているんだ。

 そのまま飛ぶな。そこで回るな。

 ただの庭師の設定なんだから、曲芸を始めるなって。


 逆立ちをすると頭皮の輝きは陰り、おかげでセイディは珍しくヘンリーの全体を眺め、「へんり、へんり」と大喜びだ。


 お前たち、もう許さんぞ。

 ジェラルドがついに吠えた。


「セイディ!次はルドがぴょんぴょんしよう!だから一度手を止めようね」


 セイディはよく分かっていなかったようだが、疲れたようでその手が止まる。

 心配になって即座に駆け寄ったジェラルドだったが、セイディは顔を上げて微笑んでいた。


「るど、びゅんびゅん!ぴょんぴょん」


「あぁ、楽しかったね。よしよし。そうだ、セイディ。一緒にぴょんぴょんしようか」


「いっしょぴょんぴょん?」


「そうだとも。ルドと一緒にぴょんぴょんだ。お前たち、分かっているな?」


 随分と楽しんだ後の爽やかな笑顔を見せる二人に問答無用でロープを渡したジェラルドは、セイディを抱え上げた。

 トットとヘンリーの手でロープが弧を描いたところに、ジェラルドは迷わず飛び込む。


 そしてただ真上に跳ねた。


「るど、いっしょぴょんぴょん!」


 いつにない上下する景色に、セイディは大喜びだ。

 なんだ、はじめからこの遊びで良かったではないか。

 

 ジェラルドは本来の目的を忘れ、セイディに微笑みかける。


「楽しいね、セイディ」


 ジェラルドにしたら、止まっているようなものだったけれど。


「せいでぃ、たのちっ!っ!!!」


 口を押さえたセイディに、ジェラルドは焦った。

 ロープは当然すぐに止まって、皆も大騒ぎである。


 あわよくばを期待して隠れていた使用人たちが一斉に現れたから、セイディは痛みを忘れ、ジェラルドに抱えられながら皆の姿を追い掛け始めた。

 それにも気付かず、皆、大慌て。

 ジェラルドも大急ぎで、しかし振動を与えぬよう細心の注意を払って、セイディを屋敷の部屋へと運んでいく。




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