17.侍従は導く
「聴取の方が進みましてね。見張り役として名乗り出た二名ですが、彼らがセイディさまを傷付けていたという話は嘘でしたよ」
トットが笑顔を崩さずにそう言うと、医者はまったく驚かずに訳知り顔で頷いた。
「そうでしょうな。でなければ、生きてはおられますまい。されどよく話を聞き出せましたな」
背中の傷が日常的に継続して与えられてきたものならば、セイディも無事ではいられなかったはずだ。
彼らは自分がそうしたと言ったけれど、それから厳しく仔細追及していけばセイディの身体の状態と辻褄の合わない話しか出て来ない。
「気が変わるということはあるものですよ。人間ですからね」
医者の言ったように、彼らはもう命を諦めているところがあったので、口を割るのは大変だった。
だが痛みはときに、浮世離れな諦観の境地にある人間を現実へと引き摺り戻す。
「公爵家の方々はさすがですな。では他にも情報を?」
「逆に彼らが情報を持っていないことが分かりましたね」
一瞬。それはじっと見ていなければ誰も気付けない、瞬きする間より短いとき。
トットの眉間に薄く皺が寄っていた。
「あぁ、それから。建物の調査も終えまして。あの店には汚すことを過度に怖れるような部屋はありませんでした」
いつもの笑みを浮かべるトットの瞳には、セイディだけが映る。
まだぎこちない笑みを浮かべたセイディは、お代わりのプリンをジェラルドに食べさせているところだった。
「頻繁に移動されていたと耳にしましたぞ。それらの場所についてはどうでしたかな?」
「嫌らしいことに、すべて取り壊されておりました。なお多くにはそれらしい部屋はなかったであろうと言っておきます。地下に隠し部屋があれば別ですけれどね」
取り壊されていても、調査は進められた。
過去の設計資料が地域に残されている物件もあったし、店を利用していた近隣住民や、取引相手から話を聞けば、それなりに想像することは出来る。
「ふぉっふぉっ。残らず取り壊しとは。それは自ら怪しい者だと語っているようなものですな」
医者の老いた瞳にも、今度は料理長のルースにプリンを食べさせようとしてジェラルドに止められるセイディの姿が映っていた。
ルースがさっと新しい匙を出し、「これで是非」なんて言ったものだから、ジェラルドに激しく睨み付けられて冷や汗を浮かべている。
「当初のトリガーは間違いなく綺麗な場所にあったと思うんですよね。女性の線も疑っていたのでとても残念でしたけれど、これは違いました」
「残念とは。言いましたな?」
「えぇ、言いましたよ。おかげさまで侍女たちによく懐いていらっしゃるので、それは良かったと思っておりますけれどね。まぁ、これはこれで、セイディさまを含めたあの場所にいた誰もがその顔を見ていない線が濃厚になりましたので、良かったことにしています」
遠くを見詰め、にこにこと笑いながら、語る話だろうか。
「で、昨夜新たな可能性が生じたわけですよ。これはいくらもあるなと」
「左様に考えることは自然ですな。されど汚せば罰を受ける、という概念は早々に打破出来たこと。これは良き兆しです」
「えぇえぇ。ですから今回も主さまをなんとか説得し、早々に計画を実行します。ご協力お願いしますね?」
「ふぉふぉっ。任せてくだされ」
「良かったです。ではそろそろトットが馳せ参じる時間が来たようですので」
壁際からゆらりと足を進めたトットは、セイディに音なく近付いていくと、まだ人よりずっと光の薄い瞳によく映る位置で立ち止まった。
「とっと!」
何も起こる前から悔しそうに睨む主を視線の端で捉えつつ、トットはずっと浮かべている笑顔で、セイディだけに声を掛ける。
「セイディさま。今日はまた特別に美味しそうなプリンを食べていらっしゃいますね。それももう三つ目。そろそろお腹が一杯でお困りではないかと想い、トットはこうして馳せ参じたのです」
「とっと、いっしょたべる」
「よろしいんですか?では是非ご一緒にお願いします」
どこから出したのか、小さな匙を手渡して、その匙を握り締める小さな手に手を重ねると、トットは自分の口にプリンを運んだ。
あろうことか主から殺気を感じていたが、これは断固として受け流すことにする。
そしてあと三口も一緒に食べた。
「セイディさまとご一緒に食べるプリンは、特別に美味しいですね。これでトットは、今日も一日幸せに過ごすことが出来ますよ。ありがとうございます、セイディさま。また御用のときには、いつでもトットをお呼びくださいね。トットはいつもセイディさまに呼ばれるときを待っていますよ。お腹が苦しくなってもう食べられないと思ったときにはいつでもお呼びくださいませ」
また先を越されたという顔で睨むジェラルドがいよいよ怒り出す前に、トットは匙を回収し姿を消した。
トットがいた辺りを眺めまたほんのりと笑ったセイディは、やっとジェラルドに視線を戻す。
「ぷりん、ないない。るど、いっしょはしる」
驚いたジェラルドであったが、今日はとことん甘やかすことに決めていたので言われるがまま。
それで二人は夜までずっとプリンしか食べていない状況となり、さすがに夕食は侍女長のソフィアから待ったがかかった。
そこでも「今日くらいいいではないか!」とジェラルドが言ったから、侍女長も頭が痛かったに違いない。
こうしてなんとか夕食を無事に終え、セイディがこの日最後の巨大なプリンを堪能し、昨夜出来なかった湯浴みのために浴室へと向かったあとのことである。
「試してみたいですなぁ」
日中ずっとセイディの観察を続けていた医者は、ジェラルドに切り出した。
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