第22話

 服装を整えると、ラブホテルを出て、旅館に帰ることにした。

 旅館に着くと、時刻は午後5時で、それほど慌てなくても良い時間だ。


 作務衣に着替え、チーフに戻ったことを伝え、従業員休憩室兼食堂で、お客様が夕食時間になり、布団をひくタイミングまで待機する。


 すると、チーフが近づき話しかけてきた。

「千晴ちゃんとデートどうだったの?」

 私が千晴さんと一緒に行ったのは、既に知られていたようで、ここで隠しても意味ないと考え、

「とっても楽しかったです。千晴さんは素敵な人だと思います。」


「そう、良かった。千晴ちゃんはね、幼い頃からご両親が忙しくて、あまりかまってもらえなくても、旅館のことをわかってて我慢してきた、とっても思いやりのある子なのよ。」


「私にも気を使ってくれるし、一緒にいて気疲れしない、素晴らしい女性だと思います。」

「千晴ちゃんをよろしくね。元気そうに見えて、心は繊細な子だからサポートしてあてね。」

 チーフは、にっこりしながら、私から去っていった。


 それから、怒涛の日々を過ごし、5月6日になり、この日も祝日ではないので、 千晴さんと出かけることにし、密かにメールで連絡をとりあってたところ、ご両親からお話があるとのこと。


 千晴さんからは、

「たぶん、私と交際していることや将来の婿入りの話しが出ると思う。勇樹だったら、絶対両親が気に入るから、大丈夫だよ。」

 との返信があった。


 ついに来たかと、気持ちを引き締め、その日の午後2時、千晴さんのお宅に入った。

 旅館と棟続きなため、引き戸を開け玄関に入り、

「ごめんください」

 と声をはりあげると、千晴さんが出てきて、靴を脱ぎ入るよう促される。


 客間に案内され、座卓の前に行くと、既にご両親が座っている。

「お話があるということで、伺いました」

 と言って、頭を下げる。


 お父さんから、

「単刀直入に言うけど、勇樹君はうちの千晴と交際しているのかね?」

 と聞いたので、私は、

「はい、千晴さんと交際させていただいてます」

 と答えると、うなずきながら、

「この前、千晴から聞いたけど、将来は結婚し、婿養子になると言ったそうだけど、 本当なのかね?」

 と再び聞いてきた。


 私は、父親の目を見ながら、

「はい、本心でそう言いました。私の気持ちは将来も変わりません」

 と言い切った。


 父親は、

「うん、君の性格や働きぶりについては、こちらでも常々見ていたから、娘が言う通りの人だと思っている。ご両親にこのことは、言ったのかね?」


 やはり、私のことは、たぶんチーフから報告が行っていると思った。

「はい、ここに来る前両親には、アルバイト先の旅館の娘さんと交際を始め、将来結婚し婿入りするかもしれないと言いました。両親は、今から将来のことを決めるのは。早いのではと言いましたが、私の考えを尊重するとも言われました。」


 そして、父親は、

「そうか、ご両親まで理解してくれてるのか。どうも千晴との仲も進んでいるようだし、どうしたものか。」

 ここで、母親が、

「勇樹さん、あなたは千晴のことどう思ってるの、正直に話してくださいますか?」

 と言ってきた。


「千晴さんは、私と知り合った当初、この旅館で一緒に働いてくれ、婿養子になって、くれる人でないと交際できないと言いました。そのため、高校や大学では交際した男性も、いなかったようです。私は、そんな決意をもって学生時代を過ごしてきた千晴さんを、尊敬してます。おそらく、千晴さんは美人でスタイルも良く、多くの男性から声をかけられたでしょうが、自分の考えを貫く気持ちは素晴らしいと、思います。」

 一気に言い切ると、母親は、

「千晴のこと褒めてくれて、ありがとう」

 と言い、うつ向いてしまった。


 もしかしてと思って見ると、指で目尻を拭いているから、涙ぐんでいるのかもしれない。

 ここで、父親は、

「勇樹君、君の気持ちは良くわかった。千晴との交際は認めるとして、将来この旅館を経営、するとしたら、どんなビジョンを考えているんだい?」

 と聞いてきた。


 私は、

「今年はこれから、来年の卒論の下調べをしたいと思ってますが、テーマは、人口減少と高齢化社会への対応・企業の戦略、というのを考えてます。この旅館のことを参考にしながら、掘り下げていきたいと思ってますが、いいでしょうか?」

 と質問に質問で返してしまった。


 父親は、ちょっと目を見開きながら、

「うん、今後の人口減少と高齢化は、うちの旅館にも影響を及ぼすだろうから、よろしくお願いするよ」

 と、答えてくれた。


 その後、母親が、

「もう、いいでしょ。千晴ちゃーん、コーヒーとケーキ持って来てー」

 と呼ぶと、

「はーい、今行きまーす」

 と千晴さんの声が聞こえた。


 まもなく、千晴さんが、コーヒーとケーキを各々に置き、私の隣に座った。

 それを見た父親が、ちょっと残念な表情を見せ、母親は、

「千晴ちゃん、勇樹君のこと良くわかったらから、今後、粗相のないように交際してね」

 と言うと、

「はい、私は勇樹さんと大切に交際します」

 と元気よく答えくれた。

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