第7話

 当日は、プロパンガスに鉄板、焼きそば用のヘラを使うことになるので、余っている焼きそば、6食を旅館にある鉄板とヘラで調理練習することになった。


 食べてもらうのは、裏方従業員さん達で、食堂兼休憩室で、明日にでもふるまうことにした。

 当日、10時頃、私が調理室で、鉄板の上で目玉焼きと焼きそばを調理したが、ガスの火力が強いので、調理人さんから、

「最初の1食で、感覚をつかんでみよう」

 と言われ、炒めてみたけど、これまで調理した時間より、全てが短時間で終了する。


 キャベツはすぐに炒まりそうで、水で薄めたソースを入れるタイミングを早くし、ひき肉もすぐに茶色くなり、麺を入れる前にソースを入れた方が良さそうだ。


 最初の1食は微妙な出来だったけど、2食目からは順調に調理でき、いよいよ裏方従業員さん達に、味見してもらうため、持って行こうとしたら、調理人さんが、

「うちの調理人達にも食べさせたいから、もらえないかな」

 と言ってきた。


「はい、大丈夫ですよ。半分どうぞ」

 と言うと、

「すまないね。実は昨日言った、これのメニュー採用、ちょっと本気だったんだ。 仕入れるとしたら送料が高いけど、ソースだけ現地から仕入れ、麺は出入りの製麺屋さんに、特注することも可能だからね」

 と言い、取り分けた焼きそばを、他の調理人さん達の方に持っていった。


 大皿に入った残りの焼きそばを、従業員休憩室兼食堂に持っていくと、チーフから事前に連絡があったようで、手が空いている従業員さん達がテーブルに座り、待っていた。


 大皿から取り分け食べてもらうと、

「食べたことのない、焼きそばの味だ、キャベツだけなのか、甘酸っぱいソースがいいね」

 とか、

「あれ、生姜じゃなく福神漬?、目玉焼き?、麺にからめると美味いな」

 とか、

「屋台で食べるのに、ちょうど良い味付けだよ。何だかビールを飲みたくなってきたぞ、これ、挽き肉の代わりにモツでも旨いだろうな」

 との感想ももらった。


 後で、伯母に聞いたら、モツを入れた焼きそばもあるそうで、そのお店は、お昼も混むけど、夜になると、モツ焼きそばで一杯ひっかける人で繁盛しているそうだ。

 

 そして、お祭りの前日、無事伯母から焼きそばとソース一式が届き、業務用の冷蔵庫に、入れさせてもらった。

 当日、午後から神社の参道脇に屋台の設営が始まり、4時頃には完成し、私と千晴さんは屋台の椅子に座っていた。


 私と千晴さんの格好は、二人共お揃いの温泉旅館Tシャツを着て、温泉旅館手ぬぐいで、 ねじり鉢巻き、そして、温泉旅館エプロンを装着し準備万端だ。


 千晴さんは、

「何か緊張してきた。目玉焼き作る手震えるかも。」

 と、手をぷるぷるさせながら、冗談を言う。

 私は、

「俺の芸術的なコテ裁きを、見せてやろう。」

 と、つかんだコテをシュシュと振りながら、冗談を言い、二人で笑いあった。


 5時頃になり、太鼓の音が聞こえてくると、宵宮が始まる合図だ。

 私が焼きそばの調理で、千晴さんは鉄板の周囲で目玉焼きづくり、そして、出来上がった焼きそばをパックに入れ、目玉焼きを乗せ、福神漬を添える役割だ。


 最初は、一度に焼きそば2食を作っていたけど、火力に慣れたので、ちょっと火を強めにし、4食を調理し、パックに詰める。


 6時頃になり、参道を行き交う人が出てきた時には、もう、50パックほど完成していた。

 ここで、千晴さんが、よく透るハスキーボイスで、

「○○温泉旅館、特別調理の焼きそばですよぉー。値段は何と250円、いかがですかー」

 と歌うように、声を上げた。


 それにつられ、人が来るわ、来るわ、250円という値段が奏功したのか、一人で2個、4個と買っていかれ、在庫が無くなってしまう。


 私は、必死に焼きそばづくりに精を出し、約10分で4食、8個のパックを作り続けたけど、あっという間に売れていく。


 無我夢中で作っていたら、いったん人が退いてきたようだ。

 どうやら、5時から6時台に来た人達は、夕食前に来た人達で、8時近くになると、

 今度は夕食後の人達が来るらしい。


 私と千晴さんは、この隙きに必死に調理し、焼きそばパックの量産を続けた。

 8時を過ぎると再び人が増え出し、焼きそばは好調に売れていくが、今度は酔っ払った人が来て、私と千晴さんを冷やかしながら焼きそばを買っていく。


 そんな中、

「ご苦労様」

 という声が聞こえた。


 顔を上げると、浴衣を着飾った千晴さんのご両親が笑顔で立っていて、女将さんが、

「私達もお参りに来たのよ。ほんと、二人は頑張っているのね。」

 と言い、

「あの焼きそばまた食べたいけど、それどころじゃなさそうね、後で残ったら、頂戴ね」

 と言って、神社に向かった。


 その後、焼きそばを作り続け、もう在庫がなくなる寸前で、たぶん9時頃だと思うけど、宵宮の終了を告げる、花火の打ち上げが始まった。


 町内有志や千晴さんの温泉旅館の提供により、大輪の花火が打ち上げられ、参拝客も酔っ払いも、みんな顔を上げ花火を見つめた。


 千晴さんも、うっとりと花火を見つめているけど、私は、千晴さんの横顔を見つめながら、

「花火より、ずっと、ずっと綺麗だ。」

 何度も繰り返しつぶやいた。


 花火が終わると、

「これで、○○神社祭典、宵宮を終了します。」

 とのアナウンスがあり、千晴さんとともに、片付けを始めようとしたところ、千晴さんのご両親が来て、お父さんが、

「よかったら、焼いてくれないかな」

 と言った。


 私は、疲労もピークに達し、気力で調理していたせいか、脳内ハイ気味で茶目っ気を、出してしまった。

「いらっしゃいませー。素敵なカップルさんに焼きそば炒めまーす」

 と大声で言ってしまった。


 参道を帰る人達が一斉に振り向き、有名人な女将と支配人を見て、ちょっと笑ってる。

 千晴さんのお父さんは、

「ちょっと」

 とか、

「おい、おい」

 とか言ってうろたえていたが、女将さんは何か嬉しそうだった。


 千晴さんのお父さんは、彫りが深くてガッチリした体型、お母さんは、着物がよく似合う、和風美人、千晴さんは二人の良いとこ取りしたようだ、などと思いながら調理した。


 二人に焼きそばを渡すと、代金の他に、私と千晴さんにポチ袋をもらってしまった。

「今日の頑張りにね」

 と女将さんが言い、お父さんは、

「今日はご苦労さん」

 と言い、帰っていった。

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