第2話

町まで車で約30分、千晴さんは運転しながら陽気に話し始めたが、それは私に対する質問ばかり。

「ねえ、勇樹くんは、なんで住み込みのアルバイトなんか引き受けたの?、大学生はこんな辺鄙なところでの、アルバイトなんか嫌がるのに。」


「ちょっと、心機一転するためと、新しいパソコンを買いたいので、逃げ出せない住み込みも良いと思ってます。」


「へー、立派ね。」

「彼女いるの?、いないか。夏休みずっとうちで働くということは、彼女いないんだよね?」

「彼女いません。去年の夏失恋して、未だに引きずってます」

と、うつむきながら答えると、

「あっ、ごめん、ストレートな質問しちゃって。」


ここで、ちょっと私も質問してみた。

「千晴さんは、彼氏とかいますか?」

「大学時代は、仲の良い男の友達はいたけどね、中学生の頃からゴールデンウィーク、夏休み、春休み、冬休みまで旅館のお手伝いで、知り合っても交際する時間なんか、とれないんだもん。」


「それに、大学時代も交際する条件を、私と一緒に旅館を継いでくれる人にしたから、知り合って1時間でダメになったことも。」

と言って、からから笑った。


「やっぱり、旅館を継ぎたいと思っているんですか?」

「うん、それが一番大事。私は、ここで生まれ育って、これからもこの旅館と共に、

歩んでいきたいから。」

笑顔で断言し、助手席からその横顔を見ると、もう輝いていて、女優やモデルなんか目じゃないオーラがある。

そして、自分のこれからを真剣に考えている千晴さんを尊敬した。


町のスーパーに着き買い物をする。

千晴さんは、自分用のお菓子や雑貨を購入し、私は特に欲しいものはなかったけど、

夜食用にと、カップ麺を買った。


スーパーを出ると、千晴さんは、

「ちょっとドライブしようね」

と言い、私の返答も待たずに車を出した。


私は車の免許もなく、両親と長距離ドライブをしたこともないので、助手席の窓から、見知らぬ景色に見入っていた。


「ここはダム湖で遊覧船が出ていて、休日は超混雑しているんだけど、今日は大丈夫だと思うから、そこの道の駅に寄って行きましょう」

と、ハンドルを切った。


二人で、道の駅内を見た後、湖が良く見える所まで歩き、太陽が湖面に反射し、輝く様を見入った。


逆光にならないように苦労し、互いにスマホを交換し写真を撮ったが、この時の千晴さんの服装は、ウェストがキュッと締まったレモン色のワンピース、長い髪はポニーテールにしていて、もう女神かと思うほど美しかった。

そして、1時間ほどたち、旅館に帰ることになった。


旅館の混雑のピークは、8月の金土日、お盆、花火大会などのイベントの前後、そして、9月も同じように週末と、それに祭日が重なった、今で言うシルバーウィーク。

ある意味暑さが一段落した9月の方が、混む場合もあるとのこと。


住み込みの仕事を頑張って覚え、決められている仕事意外の雑用も、率先して手伝うようになると、他の従業員の人達からの笑顔や、親しげに話しかけられることも増えてきた。


普段千晴さんは、エントランスにあるお土産コーナーで、接客とレジを担当している。

お客様が来館すると、よく通る声で、

「いらっしゃいませ」

と挨拶し、お土産コーナーに立ち寄ったお客様に、丁寧に商品説明するのを、影から、ちらりと見ると、やっぱり若女将だなと思った。

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