南極の氷
電話を終えた俺は、南極観測隊のことを調べ始めた。映画などで見たことはあるが、細かいことは何も知らなかった。
聞いたところ、水や燃料など持ち込めるものは限られているから日本は知らんが米国の観測隊は着替えをしないやら、ブリザードの時は視界が十センチもないから観測できずにカンヅメになるとかだ。
まあ、アイツは人形だ。着替えは基本的にしないし、ブリザードで飛ばされるとゴミを出したと各国から怒られるから共用スペースに置かれたし、とりあえず安全なのだろう。
ビスクドールについても調べた。早い話、陶器製の人形だ。値段もアンティークだとかなりのものらしい。それでも山田さんが不気味がって田中さんに押し付けようとしたのだから、価値より不気味さが
あと、船内の食糧のスペースが空いた分、帰りの船に南極の氷を入れて持ち帰りができると聞いた。多分、それも観測資料なんだろうけど、メリーさんに頼めるなら頼んでみよう。南極の氷で思いっきりかき氷を作って、ブルーハワイかけて食べてみたい。南極の氷にブルーハワイ、なんだか面白い組み合わせだ。
って、ことはあまりデカい氷を頼むと氷の重さに潰されてビスクドールだと割れるか。
かき氷は諦めてアイスティー作るくらいの量に留めるか。
って、なんで呪いの人形に気遣ってんだよ、俺! それに俺はそんな人形なんて持っていないはずなのに、なんでわざわざ小笠原まで来るんだよ! まあ今は間違って南極にいるが。
そして、翌日。もはや定期連絡になったメリーさんからの電話を受けていた。時差の関係で朝の登校中にかかることが多い。
「もしもし、私、メリーさん。今……」
「昭和基地だろ、聞き飽きたよ」
「だって、他の棟は閉鎖されてたり、外の観測についていこうとしたら、人形は飛ばされるからって共用スペースに戻されるもの」
観測隊の人、意外とオカルトに鈍感で現実的だな。
人形がいつの間にかついてくる現象より、南極に人工物を紛失して各国から怒られる方が怖いのか。
「なあ、一度聞きたかったのだが、俺は男だ。ビスクドールなんてお高い人形持ってた記憶ない。誰かと間違えてないか?」
「えー! 忘れたの? あなたのおばあさんの形見だったメリーさんよ。ちゃんとおばあさんはあなたに託したのにお棺に入れようとするから、命からがら脱出したのよ」
そういえば、そうだった。本土に住んでいた母方の祖母が大事にしていた人形があった。
確かに俺に託そうとしていたが、俺は嫌だったし、オカンや他の親族と話し合ってお棺に入れようと決めたのだった。
で、そんな事情は知らないメリーさんは火葬場から抜け出し、わざわざ小笠原まで復讐に来ようとしたのか。
タフというかアクティブというか。このバイタリティならやはりかき氷分の南極の氷を頼めるかもしれない。
「それで私は……。聞いているの?!」
「あ、すまん。南極の氷で作ったかき氷を想像してた」
「か、かき氷ってあんたね。今は真冬よ!」
「あ、ダチが来たから切るわ」
「ちょっと待……」
うーん、ばあちゃんの形見だったか。やはりオカンあたりが持っていればよかったのかもしれんな。しかし、一応恨まれている身だ。これでは南極の氷なんて頼めない。
「よお、彼女と電話か? 最近は毎日のように話してるな」
友人の
「あー、一応女子だが、時差を無視してうっとおしいくらい電話してくるから彼女ではないな」
「おっ、外国からかよ。愛されてるじゃん、いいよなあ」
「いや、恨まれてる。今は南極にいるが復讐に来るって」
「……。妄想激しいヤンデレか。なんかすまん」
「でもさ、離島だからコロナのおかげで外国の人間はなかなか来られないし、電話だけで済んでるし、しばらく安全じゃね?」
「いや、そいつがコロナ感染して島に乗り込んできたらどうする? ドクターヘリも間に合わない島内医療崩壊が起きるぞ」
「違う! ターゲットは俺だけだ! 彼女は他人を巻き込むような卑怯な真似はしない! それだけは断言する」
「お、おう。じゃ、俺、先生に呼ばれてるから先に行くわ」
樹は気まずそうに走り去っていった。俺もヤバい奴認定されてるな、ありゃ。
ふとスマホを見ると切ったつもりの通話がまだ繋がっていることに気づいた。
慌てて耳に当てるとメリーさんが泣いていた。
「グズッ、ありがとう。こんな呪いの人形なのに庇ってくれて、ヒクッ」
……樹との会話を聞かれていた。いや、人形にコロナは感染しないと思っただけなのだが。
「南極の氷、持ち帰れるかわからないけどがんばってみるね。今度こそ、じゃあね」
いろんな方面から誤解をされたまま、一日が終わった。
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