第61話 王立学園編2

 王立学園。

 正式名称は王立ルーフレイム・アンリエット・ランヴェルド学園。

 

 救世の英雄アンリエットと初代ルーフレイム国王ランヴェルドの名を冠する、ルーフレイム王国の最高学府である。


 正式名称は長いため、その名で呼ばれることは少ない。基本的に国内で学園と言えば、この王立ルーフレイム・アンリエット・ランヴェルド学園を指す。

 

 国の礎となる人材育成のために作られたこの学園に入ることができるのは、限られた優秀な者のみ。

 少なくとも、立場上よろしくない僕が行くにはふさわしくないはずの場所である。

 

 そのはずなのだけれど――。




 

 


 「……学園に行く?」

 「うん」

 

 僕が頷くと、金髪美少女アールヴことルディが珍しくも神妙な顔で疑問符を浮かべた。


 そんな彼女を横目に、僕は空を見上げた。木の葉の隙間を青い空が埋めている。

 いつもの森の中。湖畔のある巨木の根元。視界が少し霞んでいる。僕は目を擦って、瞬きをした。少しだけ、景色が鮮明になる。

 

 僕は少し疲れていた。急な本家への呼び出しのせいか、あるいはいつもより急いでここに来たからだろうか。イースタンノルンからは比較的近いこの場所も、ノルンの街からだともう少々時間がかかるのだ。


 少し気怠い体を叱咤するべく、僕は腕と背筋を伸ばした。

 そんな僕をルディは何ともいえない表情で見つめては、「……なるようになるもんだねぇ」と一人頷いている。

 

 対する僕はどんよりとした心持ちで、虚空を見つめていた。

 

 「グー君、あんまり乗り気じゃなさそうだね?」


 ルディが不思議そうに問いかけてくる。

 彼女の指摘は当たっていた。そして、その理由はあまりにも単純だった。

 

 「……そうだね。なにせ僕には魔術が使えないからね」

 

 僕は小さく嘆息した。


 



 教育機関の存在意義は何か。それは難しいようで、非常に単純明快である。

 すなわち、その国が必要とする人材の育成である。

 ルーフレイム王国にとって役に立つ人を育てるそのために、王立学園は存在するのだ。

 

 そして、ルーフレイム王国にとって最も重要視される人材とは何か。


 それは――魔術師である。


 ルーフレイム王国において魔術の存在は非常に大きい。


 軍事力、生活基盤、経済等。魔術師はあらゆる場面でルーフレイム王国を支えている。国を維持する上で、魔術師は不可欠な存在なのだ。

 

 また、ルーフレイム王国の王族や貴族は皆、魔術を使うことができる。平民で魔術の才を持つ者は、貴族に召しかえられ、その後は貴族としての人生を歩むこととなる。すなわち、魔術とはルーフレイム王国において権威の象徴でもあるのだ。


 国を維持する上での魔術の存在。

 権力としての魔術の存在。


 ルーフレイム王国においていかに魔術が重要かがわかるだろう。

 

 故に、王立学園は殊更に魔術教育に力を入れている。

 そしてその教育は僕にとってまったくの無意味なのだ。


 こんなのやる気もなにも無くなるに決まっている。

 魚介類が食べられないのに、海鮮が有名なお店に行くようなものだ。まったくもって馬鹿馬鹿しい。

 

 「……じゃあ、どうして行くの?」


 ルディが首を傾げるが、この回答もまた単純明快である。

 

 「……王命だからね」


 王の命令はこの国において絶対だ。

 王族辺境訪問の時と同じく、拒否することは許されない。

 

 ちなみにクソ親父アーノルド曰く。

 数日後には、僕は王都へ向けて出立するらしい。そして王立学園の入学試験を受けさせられるのだとか。

 

 国内随一の学校の入学試験は、相応の難易度を誇る。

 直前に命令を受けた僕は無論のことながら全く試験の対策をしていない。そもそも試験を通ることができるのかが疑問である。

 

 もし落ちたらどうなるんだろう。まさか背信扱いにされるんじゃ……?

 そんな理不尽があり得てしまうのが今の僕である。

 

 考えてみれば、王命なのに試験を受けさせられるのも謎である。王族なら試験なんぞしなくても、僕を学園に入れることなど容易だろうに。

 形だけの試験なのだろうか。その可能性もあるが、王族側からの説明がない今、確信は持てない。


 顔を顰める僕を見て、ルディが苦い笑みを浮かべた。

 

 「グー君は真面目だねぇ」

 「……真面目?」

 「うん。嫌なら行かなきゃいいのにさ。グー君にはそれができるんだから。でも、行くんでしょ?」

 「…………」

 

 ルディの言葉に僕は黙した。

 

 真面目、ではない。

 僕は自分の進退を決めかねているだけだ。

 王命に背くのは簡単だ。シラユキを連れて、この国から逃げればいい。なんなら、ルディも一緒に来てくれるかもしれない。僕とシラユキには、それができるだけの力がある。

 

 でも、今は流れに身を任せてもいいと僕は思っていた。いざとなればどうにでもなる。その自信と力が僕にはあるのだから。

 

 むしろ僕は命令違反による不利益のほうを考えていた。

 

 僕が逃げたことによって、東辺境伯への風当たりが強くなったとしたら?

 クソ親父アーノルドのことはどうでもいい。だけどコルネリアフェリシアディートハルトはどうなる?


 ……わからない。僕が逃げることによって、どんな変化が起きうるのか。

 ならば今は現状を維持し、波風を立てず、相手の思惑に乗っかった方が良いと思う。

 

 そんな風に考えていた僕に、ルディが相変わらず能天気な様子で話しかけてきた。

 

 「大丈夫! なんとかなるよ!」


 なんとも無責任な言葉である。

 

 「……ルディはお気楽だなぁ」

 「適当なくらいがちょうどいいんだよ!」

 

 そう言ってルディが僕の肩を叩いた。その衝撃が思ったよりも強くて僕はつんのめりそうになる。

 人を超えた種族であるアールヴ。その身体能力は高い。未だ12歳の僕の体では、彼女の力に対抗することができないのだ。


 「あ、ごめん。ついつい、力が入っちゃった」


 たはは、とルディが笑う。彼女の少しおっちょこちょいなところはこの数年でとっくに慣れている。

 僕はじとーっとした視線だけ送って、周囲を見渡した。そして首を傾げる。

 

 精霊飛び交う森の中。

 いつもなら何かしらのいたずらを仕掛けてくるであろう人物が、いなかったから。


 「……ヤミさん、今日もいないんだ?」

 「ん? ああ、ヤミちゃんね。確かにここ何日か見ないねえ。どこ行ってるんだろうね?」

 

 ルディはあっけらかんとしてそう言った。特に気にもとめていないようだ。

 僕としてはここ一年ほどは毎日のように顔を合わせていたから、ちょっと不自然に感じてしまうけど。

 

 そもそも、何十年という間隔で顔を合わせるような二人だ。僕とは感覚が違うのだろう。


 神出鬼没な闇の大精霊ヤミのことだ。またどこかで、しれっと姿を現すに違いない。

 

 「あまりここには来られなくなるだろうから、挨拶したかったんだけどなぁ」

 「へ? 来られなくなる?」


 ルディの目が点になる。

 

 「うん。王都は遠いからね」


 王都があるのは国の中央部。さらに王族領はとても広い。空を飛んだとしても、今の数倍以上の時間がかかるだろう。

 ただでさえ、ノルンから飛んでくるのに半日弱ほどの時間がかかっている。王族領からだとどれくらいかかるやら。


 「うぅ、そっかーそうなるよねえ」


 ルディが何やらぶつぶつと言っている。頭を抱えた後、がばっと顔を上げた。


 「うー、ぼくも行きたい!」

 「……え? えっと、じゃあ一緒に行く……?」


 僕の提案に、ルディが首をぶんぶんと横に振った。

 

 「…………」

 

 どっちやねん。


 少し呆れ顔の僕。とはいえ、ルディの奇行は日常茶飯事。だいたい少し待てば、ルディの中で折り合いをつけて――。


 「グー君!」

 「はい⁉」


 急な大声に思わずびくりと背筋が伸びた。

 ルディが僕の両肩をぎゅっと掴む。その強さ。明らかに力加減を間違えている。僕の筋肉が悲鳴をあげた。


 「ちょ、ルディ――」

 「グー君! 出発の前日くらいにここに来て! それまでは練習も無し! わかった!?」

 「わかった! わかったから早く離して⁉」


 悲鳴にも似た訴え。

 ルディが手を離すと、僕はどうと膝から崩れた。

 両肩が熱を帯びている。未だに痛みが残っていた。

 本当に肩が壊れるかと思った。

 

 「ぼくもしばらく留守にするから! それまでは自主練ね!」


 ルディはそれだけ言うと、森の奥へと駆けていく。

 深緑が光を反射し、流麗な黄金の髪が風になびく。そしてほどなくして見えなくなった。


 呆然として、取り残されていた僕ははっとして我に返る。

 

 「…………帰るか」


 ルディが急にいなくなるのはよくあることである。

 それにしても、アールヴルディといい、闇の大精霊ヤミといい、自由奔放すぎはしませんか。

 これが長い時を生きる存在の標準なのだろうか。


 痛む肩を水の少女アイの力で癒しながら。僕は帰路につくのだった。




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 ご無沙汰しております。作者です。

 本編のほう長らくお待たせし、申し訳ありません。


 近況ノートにも記載しましたが、少しずつ更新を再開していきたいと思います。

 ゆっくりにはなると思いますが、頑張って書いていきたいと思います。



 また、この度ドラゴンノベルス様より書籍化されることになりましたので、興味のある方はお手に取っていただければ幸いです。ちなみに発売日は明日12月28日です。


 それは失礼いたします。皆さまも良いお年を。

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