第10話 幼少期編10 アイ

 降臨の儀から1年ほど経った。


 僕は忙しい日々を過ごしていた。

 朝は剣術、午後は魔術。そのほかにも、貴族の礼節、算術、などなど。

 武芸だけでなく、貴族としての勉強もたたき込まれている。

 僕は今までの家庭教師の勉強が手心を加えられていたものだということを切に思い知ったのだった。


 ある意味では充実した一年であった。だけど、僕が今やっていることはおそらく8歳児に行う教育量ではないだろうと思う。

 今のところは前世の力を総動員して出来てしまっているから、向こうもどんどんと課題を増やしてくる。そうして膨れ上がった僕の勉強量、タスクの量はそれはもう膨大であった。


相変わらずコルネリアは今も僕を天才ともてはやしている。

僕のことを好ましく思ってない人達もそれには同意しているらしい。一方で、その異常性が、彼女たちにとっての僕を一層不気味に映しているらしい。


 この一年、悪魔のことを揶揄されながらも、麒麟きりん児であるというなんとも矛盾したような扱いに変わりはなかった。


 教会の教えが根深いこの国において、子供殺しは重罪である。

 それは貴族であっても同様である。

 貴族の子供が産まれる際、教会の神官が携わるため、子供を隠すことも難しい。殺せばどこかで教会にバレてしまう。


 だから、僕はおそらく今後も殺されることはない。少なくとも子供のうちは。それについては僕は安堵していた。

 

 東の辺境伯であるノルザンディ家であっても、子供殺しなどという汚名を着せられると、その権威に傷がつく。要は他の貴族の攻撃材料を作ってしまう。


 かといって僕をこのまま放置しても、悪魔の子供を産んだ家として周りからは見られてしまうんだから、僕の扱いは相当面倒なんだろうなと思う。僕の場合は生まれた時は普通の子供だったから尚更タチが悪いのだろう。


 多分父親アーノルドも頭を抱えてるんだろうな。


 今は表に出ることがないからなんとか噂程度になっているだろうが、僕が年を重ねればどこかで貴族社会に出なければいけなくなるかもしれない。その前に、家を放逐させられるか、それとも事故に見せかけて殺されるのか。子供のうちは殺されないかもしれないけど、大人になったらわからない。


 せめて、この目がどうにかなればいいんだけどねえ。


 「コンタクトレンズとかないのかなあ、この世界は」


 そんなことをぼやきながら、僕は屋敷の窓から街並みを眺める。

 そしてため息をついた。今の僕にこの目をどうにかする手段はない。


 街並みを遠巻きにぼーっと見ながら、目のことは忘れて。僕は目下の悩みに思考を費やした。


 僕の頭にあるのは魔術のことだった。


 降臨の儀の後、僕は魔術の勉強ができると聞いて大いに喜んだ。

 生まれてまもない頃からずっと僕の興味をひいてやまなかった魔術。それにようやく触れることができるのだ。喜ばないわけがない。

 だけど、魔術の勉強を始めて1年ほど。


 僕は――魔術を使えていなかった。


 魔術は魔力の操作と詠唱を以って成立する。

 魔力の操作は、自分の魔力を特定の場所へと動かし、操作すること。詠唱はその魔力の動かし方を補助するものだ。

 その動きを何度となく繰り返し、詠唱がなくともその動きを会得できれば、詠唱なく魔術を発動させることができる。


 多くの魔術師が目指すのはこの詠唱の短縮、あるいは破棄である。強力な魔術ほど詠唱の時間は長くなる。上位の魔術師はこの詠唱の破棄を行うことで即座に魔術を発動できる。戦場において詠唱の時間は非常に無駄だ。故にその重要度は計り知れない。


 本題に戻ろう。

 基本的に魔術は詠唱さえできれば発動できる。

 強力な魔術は、より繊細な魔力操作、集中力を必要とするから、その限りではないけど。


 最も低位の魔術――第1位階の魔術に関してはほとんどの場合、容易に発動できるのだ。


 僕は緑の光――つまり風属性を発現させたため、風の魔術を基本的に習っていた。

 だけど、僕は風の魔術を発動できなかった。


 多分、原因は僕の魔力の特性だ。

 僕の魔力は無色透明。本来は風の属性ではない。

 属性が異なる魔力では、魔術を発動できない。それがこの世界の常識である。

 なるほど。ならば、と。

 僕はスイに手伝ってもらって、風の魔術を発動させてみた。


 しかし、結果は失敗。


 詠唱と同時に僕の手に幾何学模様が現れたかと思うと、その幾何学模様が瞬く間にのである。


 魔術はもちろんのことながら発動しなかった。僕は何度も魔術を行使しようとしては、その際に現れる幾何学模様がいくつも壊れていくところを見てきた。


 そもそもこの幾何学模様もなんなのかわからない。

 この模様は詠唱と同時に必ず現れる。

 

 詠唱の際の魔力の操作を模倣すると、詠唱をしなくとも同じ模様が現れる。


 魔術の先生が魔術を使うときも同様で、必ず幾何学模様が現れる。そしてそこに魔力が伝うと、幾何学模様は光り輝き、魔術として顕現する。


 おそらく、この陣は魔術を行う上で重要ものなのだろう。魔術の陣のような何か。この陣がなければ、魔術はきっと発動しない。


 だけど、魔術の先生はこの陣について何一つ話すことはなかった。それとなく伝えてみた時に不思議そうな顔をされたから、おそらく知らないんだと思う。この陣の存在を。

 

 そんなこんなで、僕は1年を通して一度も魔術を成功させることができなかった。

 そのため僕はこの一年で魔術の才能はないと思われるようになっていた。魔術の家庭教師からの扱いも最近はぞんざいである。それでも諦めきれないから、風属性だけじゃなくて、いろんな魔術を勉強しては試している。だけど、結果は芳しくない。


 「なんで使えないのかなぁ?」


 思わずため息が出てしまう。

 魔術ができると思って生きてきたのに、その道を才能の壁に阻まれてしまったような感じだ。

 悲しくなってくる。これでは、魔術の学校にもいけないかもしれない。


 「ねぇ、スイ……ってあら、今日はいないのか」


 僕はいつものように緑の光の友達に声をかけようとして、彼?がいないことに気づいた。


 最近、スイはよく僕の目の前から姿を消す。前よりもより活動的で、より一層意思みたいなものを感じるようになってきた。スイから感じる魔力の圧は膨大であり、そのへんの人なんて話にならないくらい強大だ。


 寝る前くらいには大体戻ってくるんだけど、1日のうちにほとんど見ないみたいな日も増えてきた。

 特に、剣を振るってる午前中なんかはほとんど見ない。


(飽きられたとか、嫌われちゃったのかな……)


 魔術が上手くいってないのもあって、ネガティブな思考が増えてきた。

 逆にあんまり好きじゃない剣は順調に上達してて、それがなんとなく腹立たしい。


 「もう! どこいったのスイ!」


 思わず、大声で窓の外に声を張り上げた。


 その瞬間――突風が僕の髪を揺らした。

 部屋に大量の緑の光が溢れる。


 そして、人一人分の大きさを誇る緑の大光――スイが中に入ってくる。

 スイは僕の周りをクルクルと回ると、そっと僕に触れてきた。そして、窓の外に魔力の塊を花火のように放出した。

 それはまるで、注意を促すように。


 「? まぁ、いいや。なんだ、スイいるじゃない……?」


 ともかくも安堵した僕はその後に現れた存在に目を見開いた。


 それは青い光だ。いや、青い光なんていくらでもみてきた。問題なのは大きさである。


 あのスイと同じくらいの大きさ、圧を感じる青い光だ。


 青い光はおずおずと、恥ずかしそうに僕の目の前に現れる。スイがまるでみてみてとでもいうように、青い光の周りをクルクルと回った。


 なんだかよくわからないけど。


 この日から、僕の周りの巨大な光が一つ増えたことは確かだった。




――――――




 青い光はスイに比べると大人しい。

 スイが縦横無尽にいろんなところを飛び回っているのに対して、青い光の方は僕のすぐ一歩後ろに佇んでいる。

 光の中にも性格みたいなのがあるのかな。

 よくわからない。


 正直スイたちのこともよくわからないのだ。なんか意識のある魔力? みたいな認識だけどあってるのだろうか。


 ともかくあの日から、僕の部屋に住む光が増えた。

 そこで僕はスイと同じように、青い光にも名前をつけた。


 名前はアイ。


 青から藍色を連想して、そのままアイと名付けた。実に安直だけど、ネーミングセンスを僕に期待しないでほしい。


 「アイはどこからきたの?」


 僕がそう聞くと、青い光アイは光を一つの方向に伸ばした。イースタンノルンの北東の方角だった。そっちの方には確か……。


 「ノルン大森林がある方角か?」


 僕がそういうと、青い光アイはコクコクと頷いた。頷いてるのかは正直なんとなくなんだけど。

 ノルン大森林は、東辺境伯の首都であるノルンとイースタンノルンの北から東にかけて位置する大森林である。

 ノルン大森林は非常に大きく、北の辺境伯の領地をまたがってさらに北へと伸びているらしい。その北方には山脈が連なっていて、そこには竜が住んでいるという噂もある。


 ドラゴンだなんて御伽噺の世界の話だと思うんだけど、どうやら本当にいるらしい。また、ドラゴンは容易に国を滅ぼせる力を持つらしく、非常に危険だそうだ。正直、見てみたいけど、出会いたくはない。そんな存在である。


 さて、僕にとってノルン大森林は魔物の住処という印象が強い。聞き伝手ではあるが、森林内にはそれなりの数の魔物が生息しているらしく、ノルザンディ家の私兵が逐一討伐しているんだとか。

 ノルンとイースタンノルンの間にはノルン大森林の様子を監視できる前線基地があり、そこに東辺境伯――つまりはクソ親父アーノルドの所有する軍が一定数駐屯しているらしい。

 僕が毎日しごきを受けてるここの近衛軍の人たちも、定期的に駐屯地に派遣されているのを伝え聞いていた。


 魔物だけじゃなくて、変な光もいるんだなあ、とか考えながら僕はアイの様子を見ていた。暴れまわるように部屋中を駆け巡る緑の光スイとは対照的に、青い光アイはあまり動かない。


 「アイは大人しいんだね」


 アイはクルクルと飛び回るスイを見ると、やれやれとでもいうように青い光を霧散させた。表情とかないんだけど、なんとなくアイの気持ちがわかるというか。不思議な感じだ。

 アイはスッと僕に近づくと、青い光を僕へと伸ばした。僕の魔力と混じり合って、体は青く光り輝く。

 スイがずるい!っとでもいうように飛んできて、僕の体は緑と青に光り輝いた。


 なんだかよくわからないけど、この光たちはやたらと僕にくっ付きたがる。魔力が混じるのが好きなのかな。

 僕もあったかい感じがして嫌いではないんだけど。


 いつもの昼下がり。そろそろ魔術の授業が始まる時間である。




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