第9話 幼少期編9 東辺境伯近衛軍

 そもそもの話、なんで僕って忌み子扱いなんだ。

 むすっとしながらそんなことを考えていたのは、絶賛忌み子悪魔の子と囁かれる僕ことグレイズラッドである。


 僕は鏡に映る自分の顔を見る。7歳の幼さを残しながらも凛々しい顔立ち。自分で言うのもなんだけど、結構かっこいい顔立ちだと思う。だけど、金色に光る僕の目がどうやらこの世界では受け入れ難いらしい。


 不思議だと思うけど、現代日本人の精神を引き継ぐ僕にはわからない感性が、この世界の人々にはあるんだろう。


 本来なら、幼少期に金眼のそういったよろしくないお話を聞かされるのかもしれない。金眼の存在が悪い存在としてここまで浸透しているんだから、そういった御伽噺が存在してしかるべきだと思う。だけど、あいにくと僕はそういう話を聞いたことがなかった。コルネリアかあるいは母の側仕えメイシアが気を遣って聞かせないようにしていたのかもしれない。


 だから僕は金眼がここまで嫌われる理由を知らなかった。

 故に僕は、降臨の儀の後に父親アーノルドに聞いてみたのだ。金眼にまつわる話を。

 僕としてはダメ元だったのだが、彼は意外にも教えてくれた。

 あの神父とのよくわからない会話にあてられたのかな。


 ともかく、話によると。


 この国では生まれつきの金眼はむしろ良いことと考えられているらしいことがわかった。それはかつてこの世界を救った聖女が金色の眼を有していたから。

 故にあの神父は僕の目を、英雄の目と呼んだのだ。しかし、英雄の目として認知されるには大まかに2つ条件がある。


 一つは、王家に連なる者でなければならないこと。この点を僕はクリアしていない。その時点で、英雄ではない謎の存在となってしまう。

 とはいえ、この条件はそこまで重要ではないらしい。過去には王家の血筋じゃなくとも、金色の目の子供が英雄として祭り上げられたこともあるみたいである。ただ、条件として挙げられている以上、王家の血筋であるに越したことはないのだろう。


 重要なのは次の条件だ。それは、金色の目が生まれつきでなければならないことである。


 僕の目は元は母に似た碧眼だったらしい。しかし、あの日を境に金色に変化した。これがどうにもまずいらしかった。


 元々金色の目というのは、人ならざる驚異――魔物・・などの眼の色と同じらしい。僕は魔物を見たことがないから実際の瞳の色はわからないけど、父が言うならそうなんだろう。そして金色の目が嫌われる理由の根幹はここにある。


 魔物は人に害を為す存在だという。人間は古代より、魔物と熾烈な生存競争をしてきた。その瞳と同じ色、それは忌むべきものと捉えられてもおかしくない。


 ならばかつて世界を救った聖女はどうなのか。魔物と同じ目を持つ彼女はどう扱うべきなのか。そこで線引きを設けたのだ。彼女は生まれつき英雄の目を持っていた。英雄は生まれながらに英雄である、と。それを条件にしようと。


 どうにも眉唾というか、適当な感じがするが。英雄の定義なんてそんなものなのだろう。


 僕の場合は後天的に金色の目になったから、この条件にも抵触する。それに、後から変化したという事実は忌み子たらしめる理由付けにも最適である。

 すなわち、後天的な眼の色の変化はであると。


 ……まぁ。理屈はわからないでもない。もともと普通だった人の見た目が変化したら何事かと思うだろう。それが人々に害を与える魔物と同じ特徴ともなればなおさらである。


 そして最後に、これらの条件に加えて、最も大きな問題がある。

 それは、ということである。


 この国の第三王女。歳の頃は7歳。つまり、僕と同い年の女の子が、僕と同じ金色の眼を持っているそうだ。


 ――曰く、彼女は英雄の生まれ変わりである、と。


 金眼の所有者が同一の世代で被った時代は今までにないらしい。であれば、片方は本物、もう片方は偽物、そう考えられてしまうのも仕方がないかもしれない。

 加えて王女は二つの条件を満たし、僕はどちらも満たしていない。

 故に、同世代でかつ後天的に金色の目を得た僕の立場は非常に危うい。英雄を騙る者か、あるいは悪魔に魅入られた忌み子か。そりゃそう思うよね。正直今僕が生きているのも奇跡のような気がしてきた。


 僕、王族に消されない? これ大丈夫なの?


 「ほんと困ったもんだよね、スイ」


 僕の言葉にスイが不思議そうにしながらも近づいてくる。手で触れると暖かい。緑の光が僕の体表を駆け巡った。


 僕が今なお生きながらえているのは教会の教えによるものだ。子供は如何なる者でも殺してはならない、と。前世ではこれといって縁がなかった宗教だったが、今世ではこの宗教に感謝した。流石に、新たな人生が生まれた瞬間にゲームオーバーでは死んでも死にきれない。


 さておき、僕が忌み子と認定されるにはこういった経緯があったらしい。


 ちなみに、あの場で緑の光を発したこともちょっと問題になった。


 ノルザンディ家は火と地の魔術を受け継いできた家系らしく、今までの直系で緑の光――すなわち風の属性を発現させた者はいなかったらしい。これによってコルネリアの不貞まで疑われて、ちょっとばかりの騒ぎになった。

 確かに僕は父親に似てないし、髪の色もちょっと黒っぽい青って感じの色である。

 両親金髪のはずが、あまりにもおかしい。なんかもう僕の存在そのものが色々とおかしい気がしてきた。


 闇の魔術による嘘発見器魔術みたいなのを受けて、母の疑念は晴らされたようだ。


 迷惑をかけてしまってひどく申し訳なかった。


 「まぁ、とりあえず。降臨の儀は終わったから、ついに魔術の勉強ができるのかな?」


 忌み子とか言われてるけど、とりあえず殺されることはないみたいだし。

 僕はまだ見ぬ知識に期待を膨らませたのだった。






 期待を膨らませた――はずだったのだけど。


 「おう、坊ちゃん。姿勢がよくないな。この体勢を維持して――よし素振りをしてみてくれ」


 僕はやつれた顔で屋敷の一角にいた。手には7歳児には少し大きな木剣。おそらく、僕はかなり死んだ目をしていることだろう。

 魔術の勉強と意気込んでみれば、持たされたのは木の棒である。


 目に映るのは暑苦しい筋骨隆々の男達。銀色の鎧を着込んで、一心に剣を振るっている。


 どう見ても体育会系の巣窟。読書を生業とする僕とはあまりにも住む世界が違う場所だ。なんで、こんなことに。


 「ん? 坊ちゃん? どうかしたか?」

 「……聞こえてますよ」


 先ほどから隣で話しかけてくる髭面のおじさんに返事をしながら、僕は言われた通り素振りを再開した。

 振るう剣は木製といえど、7歳児にとっては重く、非常に振りづらい。


 「お! いいな! 坊ちゃんは剣士の才能があるかもしれないな」


 うんうんとしたり顔で頷く彼は、ノルザンディ家の第3近衛軍の隊長――バルザーク・イエンだった。


 その言葉に僕はうんざりとする。剣士なんて重労働は僕には向いてない。本を読んでいる方が性に合っているのだ。


 だけど、やらないわけにもいかない。

 どうやら貴族にとって剣とは嗜み。加えて、東の辺境伯は武勇に秀でた家柄らしく、その子息は漏れなく近衛軍による扱きを受けるとのこと。それは、忌み子である僕とて変わらないらしい。

 一心に剣を振るっていると、外野から暑苦しい声が飛んできた。


 「おお、坊ちゃん頑張るねぇ!」

 「いいぞー御曹司!」

 「ひょろひょろだが意外と根性あるな!」


 それは同じように僕と剣を振っている近衛軍の兵士たちだった。

 その言葉尻にはこれといった不快感を感じない。

 初め、コルネリアにここに連れられてきた時は、自身に向かう感情がどうなるのか不安だった。

 自分では忘れそうになるが、僕は忌み子である。この金色の眼は周囲にあまり好かれる眼ではない。

 しかし、近衛軍の兵士達は違ったようだ。彼らは眼の色なんてものには毛ほども興味がない。命のやりとりをする彼らにとって重要なのは、同じ飯を食って共に戦える仲間かどうか。それだけだ。風習や歴史に踊らされるのは平民と妙に賢しい貴族達だけであって、命を預け合う兵士たちにとっては二の次のことらしい。


 (魔物って金色の眼してると思うんだけどなぁ)


 そんな疑問も浮かぶが、僕は正直安堵していた。自分を受け入れてくれる人達は多ければ多いほどいい。


 「お前ら! 自分の修練に集中しろ!」


 バルザークの怒号が響いて、兵士たちはさっと顔をそらした。素知らぬ顔で素振り再開する。

 呆れたようにバルザークが鼻を鳴らす。


 僕は彼らの様子を見ながら剣を振るう。正直いってむさ苦しい男達ばかり見ていたくない。


 (おっさん見てるなら、かわいい女の子を見てたいよ……)


 心の声は叶わず、ただ地獄の訓練は続いていくのだった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 剣を振るって3ヶ月。


 ようやく魔術の先生が僕の屋敷にもやってきて、僕の生活はさらに忙しくなった。


 朝早くに近衛軍に混じって訓練をし、午後からは魔術の勉強をする。

 夕方になるとバルザークが僕を引っ張りにくる。

 やたらと僕には才能がある、と訓練場に連れてかれるのだ。正直勘弁してもらいたい。こちとら7歳児やぞ。


 だから、コルネリアフェリシアとの時間はかなり減った。特にフェリシアとの時間が減ったのは辛い。


 「……にいに、またくんれんいくの?」

 「うぅ、ごめんよフェリシアぁ」


 愛らしい僕の天使が悲しそうな顔をしている。こんなことを許容しなきゃいけないなんて。

 バルザークに引きずられながら、僕は訓練場へ連れていかれる。僕とフェリシアの仲を引き裂くなんて、このおっさんバルザークは悪魔に違いない。


 そんなくだらない事を考えながら、僕は今日も今日とて訓練場で素振りをしていた。素振りだけじゃなくて、型とかも最近では教わっている。


 そんなおりに、僕はバルザークに組み手をしないか、と提案された。


 組み手は、双方が木の剣を持って、一太刀当てたほうが勝ちというシンプルな対人戦のことだ。


 最初は兵士たちの組み手を見る。その後、最終的に勝ち残った一人がバルザークへと挑んだ。


 「隊長! よろしくお願いします!」

 「ああ」


 木の剣を構えるバルザークに、年若い兵士が切り込んだ。

 上段からの袈裟懸けの振り。剣速は速い。あの数の兵士の中で勝ち残ってきただけはある。

 しかし、隊長たるバルザークは木剣の腹で簡単に剣を受け流した。その勢いのまま、兵士の首元へと木剣が迫る。


 防御と攻撃。表裏一体の技。その一瞬で、首元に剣を突きつけられた兵士は、降参するように両手を上げた。


 「まだまだ修練が足りんな」


 そう言ったバルザークは、僕に手招きした。

 僕がバルザークの前に出ると、試合を観戦していた兵士たちが歓声を上げた。


 「坊ちゃんがんばれー!」

 「隊長も坊ちゃんには本気出せないだろ!」

 「一矢報いてやれー!」


 好き放題言ってるなあ。


 「……お前ら」


 バルザークがワナワナと震えてる。

 彼はフゥッと息を吐くと、僕に向き直った。


 「好きなように切り掛かってこい。遠慮はするな」


 そう言って木剣を構えたバルザークに僕は頷いた。深呼吸をして、正眼に自身の剣を構える。


 「――」


 さて、この世に生を受けて7年間。そしてあの僕が忌み子となるに至った日から。僕はずっと思っていたことがあった。

 それは。


 ――僕の目がこと。


 痛みで倒れたあの日から、日を重ねるごとに。僕の見える景色は鮮明さを増していった。それはまるで、新品の靴が使っているうちに履き慣れたものになるように。僕はこの目がだんだんと自分の体にのを感覚的に察知していた。


 僕の両目が鮮明に捉えているのは何も光だけではない。あの日を境に、僕の目に見えるものは、より鮮明になっているのである。


 走る僕の目には見える。バルザークの。視線の先。足捌き。


 あらゆる情報を僕の目は


 振るった剣は簡単にバルザークに止められた。横薙ぎの剣。しかし、僕は振るった勢いのままにバルザークの背後へと回り込む。そこにバルザークの一振りが飛んでくる。大人の一撃を僕が受けるわけにはいかない。

 だから、


 剣の腹、角度はこれくらい。

 バルザークの剣と僕の剣が衝突した。


 「むっ」


 手にかかる衝撃に耐えながら、剣を突き出す。バルザークの剣は後方に振り切っている。


 勝った!


 僕が剣を押し込もうとして、景色がひっくり返った。腕に急激な力が加わったかと思うと、そのまま地面に叩きつけられる。とは言っても、軽くと言った感じだけど。

 正直何が起こったのかわからない。


 僕が目を白黒させていると、バルザークが僕を引っ張り上げた。


 「剣だけが武器じゃない。兵士にとっちゃ、体の全てが武器なんだ」


 その言葉を聞いて、僕は彼に投げられたのだということをおくれて理解した。


 「まあ、でも」


 ――坊ちゃんはやはりな。


 剣士の素質がある、そう言ってバルザークは笑う。


 「坊っちゃん投げ飛ばすとか隊長大人気ない!」

 「子供投げ飛ばして、ドヤ顔ダサいぞ!」

 「剣弾かれたくせに!」


 やいのやいのと、兵士たちの野次が飛んできてバルザークが兵士たちの方へ駆け出した。


 「テメェら一人残らず投げ飛ばしてやる!」


 大の大人達が宙を舞う姿を見ながら、僕は笑った。

 バルザークは僕に才能があるなんて言ってくれるけど。


 (やっぱり剣はあんまり好きになれないなー)


 内心、そうぼやくのだった。

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