第8話 幼少期編8 降臨の儀
降臨の儀というものがある。
それは7歳になった男女に対して行われる儀式である。
降臨の儀を行うことで、この国の男女は魔術の勉強をすることを
つまり、僕が今まで魔術――すなわち魔法の勉強をできなかったのは、まだ7歳になっていなかったからであった。
僕が座っている椅子から遠く離れた壇上で神父がご高説を垂れている。神がどうのとか、救世主がどうのとか、そんな話だ。彼の前にはたくさんの子供たちが座っていて、そのお話を聞いていた。
僕はあくびが出そうになるのを堪えながらことの顛末を思い出していた。
「降臨の儀をする、ついて来い」
そう言って僕の目の前に現れたのはいつかの
なぜ忌み子である僕をわざわざ迎えにきたのか。その理由はわからなかった。
考えてみれば僕という存在はノルザンディ家にとって大きなマイナスとなるはずである。なのになぜか僕は殺されていない。母の嘆願などがあったのかな、とも思うけど、どうにも理由としては弱い。
理由はわからないが、
おそらく、殺せない理由があるのだ。それが宗教的なものなのか、あるいはこの国の法によるものなのか、別の要因があるのか。その辺りはわからないけれど。
ということで、僕はイースタンノルンの街の中央に位置する大きな教会にやってきていた。もっとも、フードは目ぶかに被り、顔は見えないようにだが。隣には
僕は教会の最後列から、周囲を見渡していた。
あれから僕の見る景色は
僕の目には色とりどりの光が見える。相変わらず宙を浮いているスイを見ながら僕は思案する。
1年ほど前から、僕は
それは今もなお、見えている。
僕は隣にいる
彼の体からは赤と茶の光が見える。それも非常に強く輝いている。
僕は壇上で話をする神父に目をやった。彼の体からは青い光が溢れ出ているのがわかる。だけど、その輝きは父親には及ばない。
人によって光の色は異なり、そしてその輝きも違う。
もっとも。
(スイほどの輝きはみんなないけどね)
人の輝きがスイを超えたことはない。相変わらず、スイはいつも僕のそばにいる。飽きたりしないのか疑問だけど、そばにいてくれるなら嬉しい限りだった。
僕は自身が忌み子であると知ってから、周囲のことをあまり信用できなくなっていた。
その点、スイは違った。この子は僕が忌み子とか関係なく一緒にいてくれている。そんな確信めいたものをスイから感じていた。それはスイが人でないゆえに思うことなのかはわからないけど。僕は、そんなスイの存在がただ嬉しかった。
神父が壇上から降りた。どうやら長い話が終わったらしい。
これから本格的に降臨の儀が始まる。
さて、降臨の儀とは何か。それは子供たちが魔術の勉強を始める前に行われる儀式である。
この儀式は貴族、平民問わずに参加が義務付けられており、王権制であるこの国にとってかなり変わった風習であるといえよう。貴族と平民にはそれだけの地位の差があり、同じ地に並ぶことなど普通はあり得ないのだから。
降臨の儀には大きな役割が2つある。
まず1つは、その子供が持つ「魔術適正」を見ること。
魔術には大きく6つの属性があり、それぞれ「風」「地」「火」「水」「光」「闇」に分類されている。
その適正と強さを見るのが、降臨の儀の最大の目的である。
次に、重要なのは「登用」である。
魔術の適正を持つものは希少である。そのため、貴族はもとより、平民でも魔術の素養のあるものは国に歓迎される。代々、魔術の血を受け継いできた貴族は優秀な魔術師を産む場合が多いが、平民にもごく稀に優秀な素養を持つものが生まれるのだ。
そう言った者は中央に召されて、魔術師として養育されるそうだ。
要は優秀な人材の確保の側面があるということだ。君主制であり、封建制度を取り入れるこの国においてよくもまあ、ここまで柔軟な文化ができていることか。
教会の奥、壇の上に大きな透明な水晶が運ばれてくる。
あれは魔力を選定するための装置らしい。
水晶の設置が終わると、参列した子供の名前が一人ずつ呼ばれていった。ここは東の辺境伯の土地だから、王国の東部で土地を管理する貴族の子女子息もいることだろう。僕は名前を呼ばれた人たちに目線を向けた。
ほとんどの人は弱々しい光しか出していない。
多くの人は青や白、あるいは緑の光を弱々しく発しており、彼らが水晶に触れると同様の光が水晶からは発せられた。
どうやら、人から出る光と、水晶から出る光は一緒らしい。
と、一際光り輝く少女が壇上に上がって、僕は少しだけ身を乗り出した。
赤と緑の二色の光が彼女からは出ている。
教会内をどよめきが覆った。少女は唖然として水晶を眺めていたが、次第に落ち着き、その顔に喜びの色を宿した。
「……お前は」
気づけば、
一体なんなんだ。
僕は心の中で舌を出しながら、水晶に触れていく子供達の様子を見ていった。
貴族の子女、子息のような出立ちの子供が、複数人水晶を光らせて、ついでに平民っぽい子たちの何人かも水晶を光らせた。が、あの少女ほどの輝きを起こした人は他にいなかった。
そうして降臨の儀は終わり、子供達は解散。教会に残ったのは、教会の神父やシスター、そして僕たちだけとなった。
「……行くぞ」
「……はい」
正直、僕はこの展開を予想していた。
だって僕って忌み子だもの。平民や他の貴族にバレると、それだけでノルザンディ家の威信を下げることのなりかねない。故に、僕はみんながいなくなった後に極秘に降臨の儀をやるってわけですか。
ということ教会は僕の目が金色であることを知ってるということなんだろうか?
僕が殺されずに生き残ってる理由もわかるかもしれない。
僕は
「不思議ですかな、ご子息――いえ、グレイズラッド様」
そう言った神父の顔を見て、僕は思い出す。そして、気づいた。目の前の神父が、昔僕が倒れた時に診てくれたご老人だということに。老人は神妙に僕に語りかけてきた。
「その目は人ならざるものの目であると同時に、英雄の目であります故」
「英雄の、目?」
「ええ。しかし、あなたは王家に連なるものではない。加えて、今代にはすでに英雄の目を持つものがおりますから」
「……」
老人の言葉を飲み込む。
老人はスッと、
「生まれ落つ時代故の業でありますな、アーノルド殿」
「……ああ」
小さくそういったアーノルドは僕に目で促した。早く、降臨の儀を終えよという意味だろう。英雄の眼というのは気になるが、今は仕方ないか。僕はかぶりを振って、水晶に手を近づけた。
さて、他人の光が見える僕は無論のこと僕自身の光についても見えるようになっていた。
自身の肌を伝う光。これこそが僕の光の特性なのだろうと。
しかし、その光はどこか異質だった。他の色が赤や青、緑、白、と。色鮮やかなのに対して。
僕の光は
「――っ」
「……こ、これはっ⁉︎」
教会がざわめく。
僕が触れた水晶は光り輝いた。眩いほどに光る僕の魔力は、水晶をも眩しく染め上げたはずだった。
だが、僕の目には
「全く、光らないということがあるのか?」
「……いえ、初めて見ましたね」
「魔力なし、ということか?」
「まさか! 今までの記録でそのような者は一人もいませんでしたよ!」
ざわめきは収まらない。
そんな中で、僕に対して徐々に懐疑的な視線が増えていく。不気味そうに僕を見つめる目が多数だ。嫌な目である。
(うーん、これ、まずいかなあ……)
騒然とする教会内で僕はどうしようか考える。まさか、僕の魔力の色を他の人が
さて、どうしよう。せめて、他の人と同じように水晶を光らせはできないだろうか。他人との明確な差異は僕をさらに忌み子たらしめそうである。それは避けたい。
そんな僕の内心などいざしらず、目の前でアーノルドと神父が話を続けている。
「魔力がないならばこれに説明がつくと思うが」
「それは、そうなのですが……」
困ったように首をかしげる神父。その話から僕は自分の現状を分析する。
どうやら僕は魔力がないと思われているようだ。魔力がない、というのがどれくらい異常なのかはよくわからないが、彼らの常識からはあまりにかけ離れているのだろうとことは、周囲の態度から容易に想像がつく。
彼らの常識からはあまり外れたくはないのだけどな。
それに、もし魔力がなければ、僕は彼らから魔術が使えないと判断されるかもしれない。もしかしたら、それゆえに魔術の勉強をさせてもらえないかもしれない。
そう考えると、僕は急速に怖くなった。僕が興味を抱いてやまない魔術。それができなくなることがどれだけ嫌か。改めて、思ったのだ。
(王都には魔術の勉強ができる学校もあると聞く、できれば行ってみたいんだけど……)
そう考えると、ここで魔力なしと思われるのは非常にまずい。
僕はどうしようか、考えて上を見上げた。そこのは楽しそうにクルクルと回る
相も変わらず、スイは
そこで僕は思いついた。スイに手伝ってもらえないかな、と。
それはなんとなくだった。確信はなかった。ただやってみようかなという好奇心。ただそれだけだった。
スイは僕の視線に気づくとスッと僕との距離を縮めた。遊んでくれるの? みたいなそんな様子で。そして、ピッタリと僕の腕にくっつく。
緑の塊からは手のような光の帯が流れ出て、僕の無色透明な光と
瞬間。
――教会を緑の光が埋め尽くした。
それは水晶から発せられる光。父親の光も、あの少女の光すら霞むほどの眩い光。
数秒ののちに光は消え失せた。スイが楽しげに浮上して、水晶のまわりをクルクルと踊った。
そして、後に残ったのは呆然と僕を見る神父と
反応から見るに、あきらかにこれもまた、彼らの普通からは逸脱してそうだ。
静寂を背に僕は思う。
うん。
とりあえず、
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