第18話


「では買い出しに行きましょうか」


 ルトアがにっこりと微笑み、席を立った。


 泊まった宿の食堂で朝食を食べ、今後の予定について話し合っていたのだが、ネーロンで必要なものを買いそろえてさらに一泊し、明日の朝出発しようということになった。



 外に出てルトアの横に並ぶと、まずは武器屋に行こうと言われた。

 買い出しリストにはスイ用の武器も含まれており、それは護身のためでもあるが魔物狩りをできるようにするためというのが最たる理由である。


「スイにぴったりの武器があるといいですね」

 にこにこと楽しそうなルトアにスイも頷く。


 獲物を狩るための武器と道具は今まで何種類か扱ったことがあるが、買うのは初めてだった。

 短剣、弓矢、釣り竿、罠。教えてもらいながら自分で作ったり、おさがりをもらったり、プレゼントしてもらったものを使っていた。


 せめて、成人の祝いでナッドの両親からもらった短剣があればよかったけど……今は一文なしどころか私物は何一つ持っていない状態なのが悔やまれる。他のものは諦めがつくが、あの短剣だけは代えがきかないのだ。



 確か、盗人たちに襲われた時に応戦して……その時に部屋のどこかに弾き飛ばされたはず。

 クアンを助けてやれなかったことを思い出し、やり切れない気持ちが胸に広がる。



 スイはそんな気持ちを振り払うかのように頭を振った。


 今さら悔やんでも仕方がない。それにきっとクアンは生きている。きっと生きて、お金持ちの貴族とかそういう人に大切に飼われていることだろう。


 そうであってほしいという、それは半ば願望にも似た思いだった。

 





 しばらく歩くと剣を象った看板の店を見つけた。どこからどう見ても武器屋であろうその扉は、潮風の影響を受けて所々錆びついていた。

 先頭に立つルトアが扉を開けると、頭上でカランカランと鈍い金属音が鳴り響く。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から体格の良い男性が姿を現した。彼はルトアとカルラを見て一瞬動きを止めたが、気を取り直してカウンターに立つ。彼が店主らしい。


「……何かお探しで?」

 見目麗しい双子を交互に見ながら遠慮がちに聞いてきた。


 まあ、気持ちはわからなくもない。この二人は武器を持ち歩くより護衛をつけるほうが似合っている。そして実際手ぶらなのだ。


「いいえ、彼に合う武器を探しに。いくつか見繕ってもらえますか?」


 ぐるりと店の中を見渡し、最後に店主と目を合わせる。ルトアは店内に並んでいる商品の数々を一瞥しただけで選ぶ気はないようだ。


 スイは壁に掛かっている煌びやかな剣を眺めていたが、自分の名前が出たことですぐに店主と向き合った。


 背が高く、盛り上がった胸筋と半袖から見える二の腕の太さが彼の強靭な体つきを表している。そしてその腕はスイたちのような肌色ではなく、ビッシリと茶色い毛が生えていた。指の先には鋭い爪があり、まさしく獣そのものである。

 おそらく獣人なのだろう。



 獣人との初対面に感動する暇もなく、早速スイの武器選びが始まった。


「こちらのお客さんの武器ですかい? どういった戦い方を好むかにもよりますが……」

 店主がチラリとスイを見る。


「俺が使ったことあるのは短剣と弓、かな」

「剣は片手かい?」

「はい」

「そんじゃ、ちょいとお待ちを」


 そう言うとカウンターの奥の部屋に引っ込んでしまう。奥は暗くてよく見えないが、商品の在庫が置いてあったりするのだろうか。



 ボーッと待っていたら後ろから突然肩を掴まれた。驚いて首を向けると、カルラに両肩から二の腕にかけてを揉まれる。


「……えっと、何?」

「んー? こんな細腕で大丈夫かなー? と思ったけど、そこそこ筋肉はあるみたいだな」

「まあ、それなりに鍛えてはいたから……。カルラこそ強そうには見えないけど、武器はそこに入ってるのか?」


 マッサージのように揉みしだかれながら、カルラの腰にある例のポーチに視線を落とす。


「まあそんなとこー。一応持ってるけどあんま使うことねぇし。……何? 見たいの?」

 スイが頷くとカルラはパッと手を離し、ポーチの中をかき混ぜ始めた。


「えーっと、どこやったっけ?」

 ガサゴソしながら眉間にシワを寄せる。



 そのポーチって中身を探さなくちゃいけない時もあるのか……。いつも二人はこともなげに物の出し入れをしてるから、てっきり探す必要がない仕組みなのだと思っていた。

 そもそも妖精の胃袋らしいし、何がどうなっているかだなんて想像もつかないが。


「おー、あったあった」

「おや、懐かしいですねえ」


 カルラが取り出したのは宝石などの飾りがあちこちに嵌め込まれている槍だった。ルトアもそれを見て、感慨深そうに頷いている。

 槍の先端近くには鎖のような装飾品が何本か垂れ下がっていて、動かすたびにシャラリと光った。


 明らかに実用性のなさそうな武器にスイが首をひねっていると、店主が両腕にいくつかの武器を持って戻ってきた。



「お客さんに合いそうなものをいくつかお持ちしましたよ」


 どうやら短剣と弓の両方を持ってきてくれたみたいだ。スイはカウンターの上に並べられたそれらを端から順に見ていく。


「触ってもいいですか?」

「落としたりしなけりゃ大丈夫ですよ」


 スイは短剣に手を伸ばす。短剣はすべて鞘に収まっているので、一本一本中身を確認する必要があった。ズシリと手のひらにかかる重みはなんだか久々の感覚だった。


 カルラがスイの肩口に顔を出し、手にしていた短剣を一緒に見た。

「それ、お前にはでかくね?」

「うん、もう少し小振のほうがいいかな。あ、でもすごく綺麗な刀身だ」


 曇りが一切なく、きちんと手入れされていることがわかる。

 だけど手にするには少し大きくて重い。スイは慎重に鞘に戻して次の短剣を手に取った。


「これは大きさはちょうどいいけど……うーん、かなりクセのある刀身だなあ」

 二本目に手にしたものは刀身が三日月のように湾曲しているものだった。

「それ、身の丈に合ってねー感じする」

「やっぱりそう思うか?」


 誰かと一緒に買い物をするって結構楽しいのかもしれない、と思う。こうして自分以外の意見を聞けると決断しやすい。特にカルラはお世辞を言わなそうだし、本当の意見を言ってくれている気がした。


 言動は乱暴なところが多いけど、カルラの性根が優しいことは知っているし、正直で偽らないところにスイは少なからず好感を持っていた。



 そして三本目。

 手に取ると、程よい重みが手にしっくりくる感じがした。まるで吸い込まれるかのように柄が手の中におさまる。


 これだ、と思った。


 そして早る気持ちを抑え、ゆっくりと鞘を外す。


 スラリと抜けた刀身は混じり気のない白色で、透き通るような美しさがあった。白でも透明でもなく、もしくはそのどちらとも言える不思議な色の刀身が光を滑らかに反射する。

 刃渡りは元々使っていたものよりも若干長いが、これくらいなら許容範囲内であるし小回りもきくだろう。



「それ、いいんじゃね?」

 カルラが満足そうに鼻を鳴らした。


「うん、これがいい」


 美しい刀身をいろんな角度から眺めていると、店主がカウンターに肘をついて屈託なく笑った。


「おっ、お客さんお目が高いですね。それはスノーヴェヒターの牙で作られた業物ですよ。たまにしか入荷しないもんで、ちょっと値は張りますが気に入ったのなら買わない手はないですよ」

「いいじゃん。スノーヴェヒターなら耐久性も良さそうだし、スイも気に入ったんだろ? これに決めちゃえよ」


 店主とカルラはかなり乗り気だが、スノーヴェヒターってどんな生き物なのだろうか? 武器の素材になるくらいだし、魔物なんだろうとは思うけど……。



「気に入ったけど、でも……いくらなんですか?」

 短剣を鞘に収めながら恐る恐る聞いてみる。


「なかなか良い品ですから銀貨六十枚ってとこですね」


「ろ、ろくじゅう……」


 思わず言葉に詰まる。

 銀貨六十枚。そんな大金、手にしたことなどない。


 スイが呆然と立ち尽くしているのをよそに、ルトアがポーチから一枚の硬貨を摘み上げた。


「気に入ったものがあってよかったですね、スイ。今着ているのもスノーヴェヒターですからちょうどいいですね。あ、いっそのこと上から下まで全部スノーヴェヒターでそろえるのもいいかもしれませんね?」


 ニコニコと笑顔で、金色に輝く硬貨をカウンターの上に乗せる。



 そうか。何となく聞いたことある名前だと思ったら、ルトアに作ってもらったこの外套だ。真っ白な毛色は確かにこの短剣と釣り合いが取れている気がする。


 すると店主はカウンターに置かれた金貨に目もくれず、黒々とした瞳を見開いて、興奮気味に体を乗り出してきた。

 

「あんたらまさか、その服……スノーヴェヒターの毛を使ってるのかい!?」



 ルトアとカルラ、そしてスイはおそろいの白い外套を羽織っている。店主の目はそんな三人を何度も行き来した。


「ええ。着心地がいいので重宝してます」

「こりゃすごい……しかもその色、かなりの上物じゃないですか。す、すまないが近くで見せてはくれませんかね?」

「いいですよ。どうぞ」


 ルトアは外套を脱ぐとカウンターの空いている場所へと置いた。それを店主はそっと手にし、引き出しから出したルーペで念入りに見始める。


 ブツブツと小声で呟きながらひとしきり見終わると、興奮冷めやらぬ表情で長いため息をついた。


「いやぁ、ありがとうございます。良い品を見せてもらいました。まるでまだ生きてるかのような光沢、そしてその量、俺は初めて見ましたよ。……よし、お客さん。こんだけ良いもん見せられたんだ、お礼と言っちゃなんだがその短剣、銀貨五十五枚にまけときますよ」


「それは願ってもないお話ですね。それではせっかく値下げしてくださったので、そちらの弓もいただくとします。さぁスイ、好きな方を選んでください」


 微笑みの先にあるのはまだ吟味していない二種類の弓であり、急展開に驚いているスイの背中を優しく押す。


 店主はルトアの追加購入にさらに気分をよくしたようで、ガハハと笑い綺麗な歯並びを見せた。


「よっしゃ、ここは大サービスといこうじゃないですかお客さん。短剣と弓を買ってくれるなら矢筒と矢をまるごとおまけしますよ!」

「これはこれは。太っ腹ですねぇ」



 豪快な笑いと上品な笑いが交差する中、スイはただただ感心していた。値下げ交渉をしたわけでもないのに結果的にお得な買い物となったのだ。




「それにすんの?」

 弓のしなりを確認していると、またカルラがひょいと隣に来た。


「うーん、どっちもよさそうな感じはするけど……。なあカルラ、スノーヴェヒターってどんなやつなんだ? 魔物なんだよな?」

「白くて毛が長ぇ。あとはでかいなー」


 スノーヴェヒターに対する謎が深まるばかりであった。

 魔物狩りをしていたら、いつか出会うこともあるだろうか……?


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