知るための物語

第11話




 ここはどこだろう?

 目を開けるとずっと上のほうに岩肌が見えた。



「あ。起きた」


 ぼんやりしていると、頭上から声が降ってくる。


 誰だろうと思う間もなく、頭の後ろのほうからガバッと覗き込まれた。逆さから見てもわかるくらい、ひどく均整のとれた顔が視界いっぱいに現れ、すぐに離れていく。


「ルトアー! こいつ起きたー!」



 知らない人だった。

 細く、絹のような髪がしなやかに揺れるのを何となく目で追いかけた。


 なんだろう……頭がボーッとする。体に力が入らない。何度か瞬きを繰り返して深く深呼吸をしてみる。

 そうしているうちに少しずつだが本格的に覚醒してきたようだった。無意識に、起きなくちゃと思い、体をよじる。


「おっと。何? 起きんのか?」

 そう言って体を支えてくれる。


 スイは、ぎこちない動きでゆっくりと上体を起こした。骨が軋む感覚に、一体どれだけ眠っていたのだろうかと、明かりが差し込む方向を見る。


 ぽっかりと穴の空いたその先から、眩しい日差しが差し込んでいた。朝なのか昼なのかはわからない。どうやら洞穴のような場所で眠っていたらしい。


 ゴツゴツとした岩肌に囲まれているが、視線を落とすと、自分の周りに柔らかな綿のようなものが敷き詰められているのが目に入った。触ってみると見た目通り柔らかく、少し弾力もある。体が痛くないのはこれのおかげみたいだ。



「なあ、お前。口きけるか?」


 体を支えてくれていた手を離し、彼はスイの隣へ移動してきた。

 改めて見てみてもやはり美しいという言葉がよく似合う顔で、男の人だと思うけれど女の人だと言われても特に違和感がない、そんな美しさだった。


「……あ、の」

 声を出そうとすると喉に隙間風が通った。かなり乾燥しているみたいで軽く咳き込んでしまう。


「ほら。これでも飲んどけ」


 拳大の何かを勢いよく口に突っ込まれた。だが口よりも大きなそれが全部入るわけもなく、歯に当たった部分から崩れていき、中から瑞々しい液体が溢れ出てきた。

 ゴクリ、とそれが喉を通過すると何だか生き返ったような気分になる。


「あ、りがとうございます……」


 掠れながらもようやく出るようになった声でお礼を言うと、彼は満足そうに口角を上げた。

 作り物のように美しい顔で、人間味のある笑顔がどこか不釣り合いだった。



「カルラ」


 日の光が差すほうから誰かが歩いて来た。

「ルトア!来んの遅ぇーんだよ」


 スイの隣に座る彼は自分の膝をパシパシ叩いて不服をあらわにした。どうやらカルラという名前らしい。


 そして、ルトアと呼ばれたほうは特に急ぐわけでもなく、ゆったりとした歩みでスイの隣、カルラとは反対側にしゃがんだ。


「顔色は悪くなさそうですね。どこか体に不都合なところはありませんか?」


 丁寧な言葉遣いで優しく尋ねられ、スイは少し緊張しながらも数回頷いてみせた。すると、柔らかく微笑まれる。



 ルトアもカルラと同じく美しい顔の造形をしており、まるで作り物のように完璧で、どこか生命力を感じさせない儚さがあった。


 だが、スイの目が見開いたのはその美しさのせいだけではなく、両側にいる彼らの顔がまったく同じであったからだ。目の色、鼻の形、唇の厚さ、どこを取っても同じパーツが同じ位置にあり、まつ毛の長さも同じなのかもしれないと思うほどにまったく同じなのだ。それはまさに鏡を見ているようだった。


 違いはたった一つ、髪の毛の長さがカルラは短く肩の辺りまでで、ルトアは腰まで伸ばしたものを軽く結っている。

 本当にそれだけの違いであった。



「あの……二人は双子、なんですか?」


 本来ならばもっと他に聞くべきことがあるだろうが、つい口から出てしまっていた。


「ええ。私たちは双子です。申し遅れました、私はルトア。そしてこちらがカルラです」


 胸に手を当て綺麗な所作で軽く頭を下げるルトアに、スイも慌ててペコリと頭を下げた。

「あ、俺はスイです!……その、あなたたちが魔物から俺を助けてくれたんですよね? ありがとうございます」


 きっとそうなのだろうと思っていたこと、そして最も重要なことを今度こそ確認する。


 スイは自分の一番最後の記憶を手繰り寄せる。それは辛く恐ろしい記憶だったが、あの状況で到底助かるわけもなく、でも今こうして生き延びているということは……この二人に助けられたのだろう。



 しかし、返ってきた反応は予想に反したものだった。ルトアはキョトンとした顔をしているし、カルラに至っては眉をひそめてその美しい顔を歪ませている。


 ……違ったのかな? スイは急に自信がなくなってきて困惑する。


 あの時、俺は魔物に食われそうになっていたはずだ。手足は縛られ逃げられないように足を斬られていた。どこの森かもわからない場所で、助けを求めることもできず、まさに絶体絶命。


 だから、さっき目が覚めた時はこれが現実なのかどうかすぐにはわからなかった。

 ちゃんと肉体があり、手が動き足が動く。

 クアンを奪われた怒りと助けられなかった悔しさ、己に迫り来る死の恐怖の記憶が蘇り、ようやく今自分が生きていることを実感できたのだ。


 そして目が覚めた時に側にいたこの二人が助けてくれたのだと疑いもしなかった。どのように窮地を救ってくれたのかは想像もつかないけれど、最後に見たあの暖かい光が関係しているような気がしていた。



 それなのに。詳細を聞けると思った相手は、どうやら人違いだったらしい雰囲気を醸し出している。


 どうしよう……。




 スイが本気で困っていると、カルラに突然胸ぐらを掴まれた。


「スイだっけ? オレらは森の中で転がってるお前のことを見つけて連れて来ただけだ。その時近くに魔物はいなかったし、お前以外誰もいなかった。だから助けたっつーよりは拾ったんだよ」


 乱暴な扱いを受けたが、自分のほうへ引き寄せただけだったようで、全然苦しくはなかった。さっき果物らしきものをくれた時もそうだったが、単に動きが粗雑なだけなのかもしれない。

 スイは多少驚きはしたものの、カルラに対して不思議と嫌悪感や恐怖は感じなかった。



「そう、だったんですか……」

「ああ。お前が目を覚ますまで面倒みたのは事実だから、恩義を感じるのは勝手だけどよ。でも身に覚えのないことで感謝されても嬉しくねーわ」


「カルラは君に付きっきりだったんですよ」

「なっ⁉︎ それはてめぇもだろうが! だいたいこいつがいつまで経っても起きねーのが悪りぃんだろ⁉︎」


 ルトアが愉快そうに口元に手を当てて笑うと、カルラが立ち上がり抗議する。

 双子なのに性格は全然似てないようだ。


「あの……ありがとうございました。ちなみに俺ってどれくらい眠ってたんですか?」


 体感的にもかなり長い間眠っていたのだと思う。体の節々も若干痛いし、何日間かは確実に意識がなかったみたいだ。


 スイが尋ねると、カルラは考え込むように指を折り始めた。

 次々と指が折られ、片手では足りなくなってもう片方の指も全部折られたのを見て、スイは愕然とした。長くても七日くらいかと思っていたのだが、十日も眠っていたのか……。



 指を折り終えたカルラは、今度はすべての指を広げてスイに両手の手のひらを向けて見せた。


「十ヶ月ちょいだな。もう少しで十一ヶ月目になるとこだった」

「えええええ⁉︎」


 スイは卒倒しそうになった。

 

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