第9話
暗闇の中、動かない体に『またこの夢か』と思った。
連続三日目ともなると流石に慣れてくる。
また体が地面に沈んでいくのか、とため息をつきたい気分だったが、その時は一向に来なかった。いつもならもう冷たい地面に吸い込まれるように沈んでいくはずなのに。
そこでスイはハッとした。
地面が冷たくない。
いや、そもそも地面じゃない。
体の下に感じるのは適度な硬さと柔らかさである。
それに暗いと言っても、いつもは暗い空間の中にいる感じで自分の体を視認することができたのに、今は何も見えない。
同じなのは体が動かないということだけ。
一体どういうことなのかと思考を巡らせるも、何もわからないし、いつもと違うだけで新しい夢なのかもしれない。
そう思いはするものの、なんだか変な気持ち悪さがあり、夢から覚めたいと思った。覚めたいと思ったところでその通りにいくはずもないことはわかっていたのだが、閉じた目を開けようと奮闘してみた。
……目を、閉じている?
その違和感に気づけた時にはもう、スイは実際に目を開けていた。
目を開けて最初に視界に映ったのは、自分に向かって手のひらを突き出している若者だった。スイよりは歳上だろうが、そんなことを考えていられる暇はなかった。なぜならクアンの叫び声と複数の男たちの声が耳に飛び込んできたのだ。
「手荒な真似はするなよ、傷でもつけたら価値が下がってしまうからな」
「わかってますって。こいつが急に暴れ出すから……おいこら、大人しくしろっつーの!」
「それにしても本当に美しいな。いくらになるか楽しみだ」
下卑た笑いとクアンの悲痛な叫び声に、体の芯が冷える。
何が起こっているんだ⁉︎
どうして体が動かないんだ⁉︎
するとスイに手をかざしていた若者が、気だるそうに二人の男たちに話しかける。
「まだかかりそうっすか? こっちはあんまり長くはもたないんすけど」
「もう少し待ってろ。こっちが片付いたらそっちに行ってやる」
「へーい」
幸い若者は最初からスイのことを見ておらず、スイが目覚めたことには気づいていないようだった。しかしながら目が覚めても指一本動かせない状況では、気づかれていようといまいと大した差はないのだが、その僅かな時間でスイはできる限り現状を推測することができた。
クアンを狙った強盗。
犯人は目の前の若者を含めて三人。
体が動かないのは、おそらく魔力行使によるもの。
寝ているところを襲われた。
どうやって侵入したのか、こいつらは何者なのか、他にもいろいろ頭を巡ったが、今一番考えなくてはならないのは、どうやってクアンを取り戻し、この場を逃げるか、だった。
その実現のためにはまず、体を自由に動かせるようにならなくてはいけない。スイは体全体を覆っている魔力から自分を切り離すイメージを必死で思い描いた。そんなことやったことないけれど、魔力を使うにはイメージが大事なのだと教わっていたし、人を拘束する魔力行使も見たことないけど目の前の人物がやっているのだからできるはずだ、と心から強く望む。
思い込みでも何でもいい。やらなくてはならない。
ほどなくして自分の皮膚に何かが纏わりついている感覚に気づき、そこに意識を集中させた。
皮膚一枚ほどの、薄い膜のようなものの内側に、同じような膜を自分で作り上げるイメージ。
「よし、ようやく大人しくなったな。まったく手間取らせやがって」
「じゃあ早いとこガキを縛ってずらかるぞ」
「へーい……うわあっ⁉︎」
その声に男たちがそちらを見ると、拘束していたはずの子供に仲間の一人が突き飛ばされていた。
「チッ! 使えねぇ奴だな!」
布袋を持っていた男はそれをもう一人の仲間に投げて渡すと、流れるような動きで剣を抜いた。
子供を殺すつもりはなかったが、こうなってしまっては仕方がない。それは慈悲などではなく、後始末の問題だった。証拠はなるべく少ないほうがいい。盗みと殺しでは足が付く速さが違う。
一撃で始末しようと剣を構えたが、対峙している子供の目線が別のところにあることに気づく。
その子供は怒りと驚愕を交えたような表情で、後ろにいるもう一人の男を凝視していた。
「コウラク、さん……?」
その一瞬の隙をついて男は剣を振り下ろす。
金属の鈍い音と衝撃がスイの指先から肩にかけて鋭く走った。
自分を拘束していた若者を突き飛ばした後、寝る時は常に布団の中に忍ばせていた短剣を素早く握ったおかげで、剣を持った男の攻撃をギリギリ逸らすことができた。
だが少し反応が遅れてしまったせいで手の中の短剣は弾き飛ばされてしまっていた。
反応が遅れたのは、たった今剣を振り下ろしてきた男の後ろにいた人物に見覚えがあったからだ。よく知っているわけではないが、寝る少し前、つい先程会ったばかりで忘れるわけがない。
家の前で待っていたコウラクだった。
動揺を隠しきれず、もう少しで死ぬところだったが、なんとか躱すことができた。ほとんど奇跡と言ってもいいだろう。
気持ちに余裕があればスイ自身が一番驚くとこだが、もちろんそんな余裕などなかった。
今はただ、目の前で起きていることに頭がいっぱいいっぱいで、ひどく痺れる腕を庇うように抱えることで精一杯だった。顔を顰めながら、コウラクが手にしている布袋を見る。
たぶん、あの中にクアンがいる。
どうにかして取り戻さなければと思ったのと、いつの間にか懐に接近していた男の拳がスイの鳩尾を抉ったのは、ほぼ同時。
意識が、飛んだ。
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