第2話
「スイ! 何持ってんだ?」
家の扉を開けようとして振り向く。隣に住むナッドが好奇心丸出しで駆けて来た。
「鳥」
「鳥ぃ? うわ……こんな綺麗なやつ初めて見た」
スイと呼ばれた少年は腕に抱えたそれを見下ろし短く答えると、側に来たナッドも覗き込むようにし、目を見開いた。そして無遠慮に呟く。
「これ死んでる?」
「たぶん生きてる」
ナッドが感じたことはおおよそ先程のスイと同じで、ぴくりとも動かない鳥を見て最初は死んでいるのかと思った。だが同時に、あまりにも美しいその命が果ててしまったようにも見えなかったのだ。
死んでいるように見えるが、死んでいるはずがないとも思う。とても奇妙な感覚だった。
「見たところ怪我はしてないみたいなんだけど、生きてるみたいだし、とりあえず持ってきた」
いつも釣りをする川で見つけたのだと、スイは話しながら扉を開けた。木造の質素な建物は両親が自分に残してくれた財産の一つだった。
スイとナッドは元々家族ぐるみで交流があった隣家同士だが、六年前にスイの両親が亡くなってからは友人というよりは家族のようにお互いの家を行き来するようになっていた。
スイは当時まだ九歳だったが、歳の近いナッドとその家族のおかげで、天涯孤独の身となった悲しみを一人で背負い続けることはなく今日まで暮らすことができている。
スイ一人が使うには大きいテーブルの上に、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと腕の中のものを下ろす。
そんな様子を黙って見ていたナッドは、置かれた鳥がよく見える位置の椅子に腰掛ける。
「で、どうすんの? これ。薬師に診せる?」
「そうしたいけど昨日聖者様が来たばかりだから無理だろうなぁ」
「そういえばそうか。じゃあ三日は自分でなんとかするしかないな」
三年くらいの周期で聖者と呼ばれる者たちが村を訪れる。人の姿をしているが人ではないらしい彼らは、神から祝福を受け、それを人々にもたらすことでこの世の平和を保っているのだそう。
正直、胡散臭いとスイは思う。
大人たちは口々に聖者がどのように素晴らしく、神の祝福のおかげでどれだけの恩恵を受けているのかを語る。そのどれもがおとぎ話のように思えて、聖者が去った後は清浄な気を乱さぬよう三日間は病人や怪我人の類は外出禁止となる期間には、とにかくうんざりしていた。
「そもそも病気や怪我を不浄とするなら、その祝福とやらで治してくれればいいのに」
「同感だな」
呆れたように言うと、ナッドが頷く。
こんなこと外にいる大人たちに聞かれたら叱られるな、と思いながらスイはナッドの向かい側へ腰を下ろした。
反骨心はない。生まれた時からそれが当たり前で常識なのだから。だから聖者のことも大人たちにならってちゃんと敬称をつけて呼ぶ。
頬杖をつき、これからどうしたものかと目の前の鳥を眺めていると、ナッドが嘴をつついた。
「スイがこいつを拾ってきたことはしばらくの間黙っててやるよ」
「ありがとう、ナッド」
「万が一スイまで不浄扱いされて一緒に遊べなくなったら嫌だし」
一番仲がいい友達と遊べなくなるのは一大事だ。三日というのは遊び盛りの二人には少々堪える。
嘴をつついていたナッドは星の煌めきのように美しい羽をひと撫でし、ふと脚の部分に目を留める。
「何かついてるけど……何だこれ?」
「え?」
スイも見てみると鳥の片脚に、人間でいうところのちょうど足首辺りの部分に、細い銀の輪が嵌まっていた。
それはまるで首輪のような、指輪のような、野生とはかけ離れた存在を示しているかのようだった。
「もしかして飼い主がいるってことかな?」
「だとしたら探してるかもな。でも村で鳥飼ってるやつなんていないぜ?」
「だよねぇ。じゃあ近くを通りかかった旅人とか?」
「迷子の鳥ってことかぁ」
「うーん……」
ため息混じりに唸るスイにつられたのか、ナッドの眉間にも力が入る。
ひとしきり唸った後、何の気なしに銀の輪に触れてみる。
細く小さなそれは光を反射することなく、鳥の脚の太さにぴったりなサイズで、飾り気は一切ない。なのに何故か高価そうな感じがしてすぐに手を引っ込めた。
向かい側から椅子の軋む音がして目をやると、ナッドが盛大に上半身をのけぞらせていた。
「まー、拾って来ちゃったもんはしょうがないし、いつか飼い主が現れる時までなんだろうけど」
勢いをつけて一気に体を起こす。
「おれも手伝ってやるよ、そいつの世話」
ニカっと笑うナッドにスイも安心したように笑う。
「ありがとう」
ナッドはスイよりも一個歳上だ。いつもは歳の差は気にならないけど、こういう時は頼りがいがあるなと感じる。
じゃあ早速、とナッドは立ち上がり扉へと向かった。
「まずは腹ごしらえだな」
その思いがけない言葉に思わずキョトンとしてしまう。
腹ごしらえ?
話が急に飛んだような気がしてスイが反応に困っていると、ナッドは腰に手を当てて得意げに笑ってみせた。
「腹が減っては戦はできぬって言うだろ?それにおれらが側で飯食ってればこいつも起きるかもしれないし」
一瞬呆気に取られた後、スイは声を上げて笑った。
何か食べる物を持ってくると言い残して出て行くナッドの背中を見送り、そういえば確かにお腹が空いたな、と椅子の背もたれに体重を預け、あることを思い出す。
「あ。釣り道具……あそこに置いて来ちゃったな……」
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