FamousDay 8
『すごい……やっぱり先輩凄いっす! 本当にあそこから六本ともフラッグを奪うなんて!』
難敵を打ち破り、子供の様にはしゃぐリン。しかしナギは言葉一つもなくある物を探して飛び回る。
最後に見た時は確か海辺の近く、街の端を飛行していた。焦燥に喉が張り付きそうになる中で賢明に視線を巡らせる。
『先輩? どしたんすか?』
あと時間は三十秒。このままでは契約を破ってしまう事になる。必死に周囲に意識を散らすナギだったが、そこで真上からがなり声が響いた。
「オラア! 見つけたぜミヅチィ!」
『ッ! 先輩!』
現れたのはアーサーだった。フラッグをすべて失い、失格寸前の状況で目を血走らせてナギとリンに襲い掛かる。
加速の伸びは悪く、無駄に派手な黄金色の装甲は容易に自分の位置をこちらに知らしめる。挙句の果てには大声で叫んで自分の位置を喧伝までしてしまっていた。
捕まる方が難しい、間違いなくこのドラグーンフラッグにおける最も劣った彼らを横目に、ナギはその方向へと視線を向けた。
そうして、安堵のため息を漏らして操縦桿から手を放した。
『え……せ、先輩?』
「いただきィッ!」
瞬間、接触するほど近づいてアーサーがナギのフラッグを掠め取る。飛行の精度が甘く奪われたの一本のみ。しかしリンは悲鳴交じりに驚愕の声を上げた。
『何してるんすか⁉ あ、あんなのにフラッグをとられるなんて!』
「……ああ悪い。退避しよう」
『ちょ! いやいや奪い返しましょうよ!』
アーサーが旋回に手間取っている間にナギは都市のさらに箸、海岸地区へと退避する。出来る事なら、この先の出来事はあまり見られたくはなかったし、横槍が入っても面倒だ。
「絶対に逃がさねえ! テメエは俺の獲物だァッ!」
根性だけで馬鹿みたいに叫び、ナギが意図的に手を抜かなければ追いすがる事も出来ない。しかしあの男は後ろ盾であるリカルド市長の息子だ。
アーサー・ロナポルドを勝たせる。それこそがリカルドから大会直前に申し付けられた依頼だった。
今回のレースが初出場だから自信をつけさせてほしいと、リカルドは申し出た。その代わりに報酬は三倍を約束すると。だが世界最高峰のこのレースにおいてアーサー程度にやられる組などどこにもいない。
だからナギがアーサーの分までフラッグを稼ぐ。そしてそれをアーサーに奪われなければならないのだ。
こんなことは今まで初めてではない。実力だけではすぐに叩き潰される、下層出身者のナギにはどうしても強力な後ろ盾が必要だった。今までも何度か八百長を受けており、レースの中でのいくつかの黒星は全てそれだ。
「畜生……」
全ての人々の憧れで、自分自身も憧れて騎手になった。金の為に負けるのは毎度魂を切り売りしているようで心が息苦しくなる。
ましてや、今回はアーサーの一方的な申し出によりリンの身の上まで賭けの対象になっているのだ。
レースには勝たせてやる。だが何としてもリンだけは土下座してでも守ろうと胸中で呟き、ナギは海面にて制止した。翼から放出されるリフターの風圧に海面が揺さぶられる。
あと十秒。ここでアーサーにフラッグを奪わせて出来る限り上位まで残す。そして――
「助けて! お兄ちゃんが! お兄ちゃんが!」
「……え?」
ナギが制止したすぐ傍。距離にして三メートルの場所に小さな手漕ぎのボート。そしてその上には小さな女の子がいた。
『子供⁉ なんでこんなとこに!』
「お兄ちゃんが海に落ちて! もうずっと上がってこなくって! お願いします! 助けてください!」
星明りの中でも分かるぐらいに顔をぐちゃぐちゃに歪めて女の子が泣き叫ぶ。しかしそこで海面すれすれを飛行しながらアーサーが猿叫の様に甲高い声で叫んで笑っていた。
「あと一本、フラッグを渡せやミヅチィィッ!」
「ッ!」
機巧飛竜の最高速度は約800㎞。どんなに下手糞でもリアクターを最大まで回せば簡単にその程度の速度は出る。
アーサーに細かな挙動を制御する腕はないし、そもそも子供達に気づきもしていない。フラッグを奪われる瞬間にまず間違いなくボートと接触する。
こんな場所にボートで漕ぎ出す方が悪いとか、
下層に暮らす子供が二人ぐらいいなくなっても誰も気づかないとか、
こんな場所で自分が今まで積み上げたものを失っていいのかとか、
限りない数の都合のいい理屈が頭の中を駆け巡った。だがナギは次の瞬間には躊躇なくその言葉を叫んでいた。
「限定解除! 《クラウンブレード》ッ!」
次の瞬間、叩きつけるような突風が海面に吹き荒れた。
「あ――」
何が起こったのか、アーサーには理解も出来なかっただろう。凄まじいまでの破壊力で放たれたその衝撃は、瞬時にアーサーと彼の乗る機巧飛竜を飲み込んで弾き飛ばす。
海面を三度跳ねて、アーサーははるか後方で海に落下していった。
「~ッ! クソッ!」
これで全部台無しだ。しかし今はそれどころではない。ナギはリンから飛び降りると、少女の乗ったボートの上に立つ。
「お前のお兄ちゃんは⁉ この辺で沈んだのか⁉」
「は、はい……っ、身体を乗り出してレースを見ようとして……それで……っ」
「分かった!」
上着を脱ぎ、ゴーグルを取り去って息を整える。ナギはそのまま暗い海面へと飛び込んでいった。
体中に冷たい水がまとわりつく。空を飛ぶのとはわけが違う、真っ暗な海水の中を、沁みる目を開きながら必死に探し回る。
その時、海中に茶色い布切れのようなものがちらりと見えた。
「ッ!」
水をかき分けてそちらに泳ぐと、そこは海中の岩礁だった。ボートも恐らくはこれにぶつかってその衝撃で落ちたのだろう。そこで海中をゆらゆらと揺れる小さな音の子の姿を見つける。
手を伸ばし、手首を掴んで引き上げようとした。しかしそこでがくんと動き眼縫い付けられる。尖った岩礁の出っ張りに、服が引っかかって固定されていた。
――くそ!
必死に服を持って引っ張る。しかし布地に深く絡まってしまっているのか、一向にシャツは外れようとしない。次いで服を脱がせようと試みたが、視界の悪い水中ではそれもままならなかった。
――やばい……息が保たない……ッ
一度息継ぎをしようと考えた。しかし一度上がればもう一度ここに戻ってこられるか分からない。そんな事を考えているうちにどんどん呼吸が苦しくなり、やがて意識まで朦朧とし始める。
力を無くした口の端からごぼっと大きな気泡が零れた。一気に意識が遠のき、暗い海の中で意識が溶けていく。
このまま死ぬのか。そう思った次の瞬間、男の子とナギの二人の肩を、細い腕が抱え上げた。
海面に引き上げられながら意識が遠のく。その最中微かに自分たちを助けようとした人の姿を見る。
それは桜色の髪をした少女のように見えた気がした。
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