FamousDay 7

 何が起こったのか、まるで分からなかった。


 ついさっきまで確かにナギとリンはフィーネの目の前にいた。目を離した覚えもなければ見失うような距離でもない。

 

 だがナギは、今の一瞬でフラッグを二本確かに奪って見せた。


「なんですの……今どういうトリックを……」

 少しだけ逡巡し、フィーネは戸惑う。しかしすぐにそれらの疑問を飲み込んだ。

 

 どうやったかは問題ではない、要するに油断を突かれたというだけだ。相手が限定解除を出し渋るのであればこのまま性能差でごり押しできる。残り時間はまだ一分近くある、その間にフラッグを奪い返せばなんら問題はない。

 フィーネは頭の中で論理を組み立て、浮足立った精神が落ち着き冷静さを取り戻す――


 その寸前、ナギは既に一メートルの距離にまで接近していた。


「ッ⁉」

 思考する余裕はなかった。即座に音の足場を作り出し、全力で横に跳躍。数十メートルの距離をコンマ一秒の間に退避する。だが辛うじて間に合わなかったフラッグがさらに一本、ナギに奪われる。

 さらに追撃。ナギはフィーネ目がけて放たれた矢のように加速した。


「な、なんですの! なんなんですの貴方は!」

 フォッケウルフの翼が激しく振動する。空気中に遍在する音波が無数の砲弾として形作られ、それを迫りくるナギ目がけて照準。

 合計三十五発。ありったけの力を込めて生成したそれを、フィーネは満身の力を込めてをばらまいた。


 振動で空気が焼き切れるほどの轟音。斜線上にいた機巧飛竜が数組巻き込まれて地上に叩き落とされ、攻撃の余波は直下のバラック小屋の密集地帯を数十棟吹き飛ばす。


 だがその弾幕の中を、ナギは顔色一つ変えずにすり抜てさらに羽ばたく。


「嘘でしょう⁉ 音速でしてよ!」

「でもお前自身が音速で動くわけじゃない」

「ッ!」


 再び接近を許し、フィーネは音を圧縮し空中を跳躍する。

 時間差ゼロでトップスピードを維持したまま全方向に加速しながら曲がる、フォッケウルフの特性とフィーネの操縦技術があって初めて成立する高速回避。


 だがナギはそれに、今度は容易く追従した。

「ッ⁉」

「不意打ちなら、確かに対処できないかもな」

 速度はこちらの方が上。しかしフィーネの回避ルートを読んでナギは冷えた声音で呟く。

「けれど攻撃が音速だろうとお前は人間だ。一対一で向かい合えばいくらでも動きも攻撃の軌道も先読みできる」

 

 再び背後をとられ、またもう一本フラッグを奪われる。

 お互いの保有する数は逆転した。残り時間はあと四十秒、もうフィーネ達のフラッグは二本しかない。


 ――私の動きが、全部読まれてるいますの⁉


 ここにきて、ようやくナギの強さの理由を理解した。機体性能だとか操縦技術だとか、そんなものは彼の強さの副産物でしかない。

 

 意識の隙間を突き、敵が浮き足立てばさらに動揺を誘い、相手の心理を揺さぶり動きをコントロールする。


 最速ではなく最強。それはつまり人対人において最も強いという事を指しているのだ。


「うう! うわあああ!」

 もはや戦意は折れた。あと四十秒もここで耐えきれるとは思えない。

 

 フィーネは反転し、その場から退避しようと後方に向けてフォッケウルフを羽ばたかせる。だがそれすらも、ナギは容易く追いついて見せた。


 よーいドンならこちらが上だ。しかし突発的に加速したフィーネと最初からどこにどう逃げるか予測し、加速の準備を終えていたナギでは初速はあまりに違い過ぎる。


「ぐ、うううっ!」

 肌で体感し、その力量差を理解させられる。

 これが、最強の騎手と今の自分の差。


 悔しさで涙がにじむ。最後のフラッグを奪い取られ、その場から飛び去る直前にナギと視線が合う。

 

 きっと酷い顔をしている。だがフィーネはナギに向けて、せめて精いっぱいに強がって笑って見せた。

「次は……絶対に倒しますわ」

「ああ、やってみな」

 

 ナギとリンがその場を退避し、その瞬間フォッケウルフの限定解除が終了し、そのまま力なく地上に落ちていく。

 

 飛行貴族の第一ピリオド敗退。それはこのドラグーンフラッグ中での大番狂わせであり、戦いを見守っていた市民達は大いに盛り上がった。


 だがのレースにおける最大の、悲劇と呼ぶべき出来事はこの直後に引き起こされた。

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