FamousDay 6

 限定解除。それは機巧飛竜達にとっての切り札である。

 

 兵器としての機能を封印され、攻撃の為の外装も全て除去された彼らだが、一時的にその制約を解除し、本来の性能に近しい力を解放する。

 兵器としての本分を回帰させる危険な力。だからこそ人が手綱を握らなければ起動できず、人の手から離れた瞬間に強制的に限定解除は終了する。明確な自我と判断能力を持つ彼らを人が制御するのはその為だ。


 稼働時間は200秒のみ。故に限定解除。限られた時間のみ与えられたその力は、機巧飛竜は飛行能力に加えて各々の持つ独自の機能が解放される。

 

 フィーネと、彼女が操る竜フォッケウルフはその中でもとりわけて大規模な能力を持っていた。


        ***


 時間がない。あと三分と経たない内に、フラッグの数が一本以下の組は敗退となる。ナギはリンを加速させて必死に空を駆け抜ける。

 

 そこら中に敵はいる。不意を突いてフラッグを奪うだけなら二本合わせても三十秒もかからないだろう。最高速度まで加速した状態で、ナギは集団へと飛び込もうとした。


「あらあら、息が乱れておりましてよ?」

 瞬間、ナギ達の前方にフィーネが旋回して回り込んだ。


「ッ⁉」

 目の前に突如見えない壁が現れ、集団に合流する直前でナギとリンは空中で弾かれる。

 

 何の予兆もなく、目を凝らして辛うじてうっすらと白く見える程度の極めて視認性の低い障壁。それに弾かれ、姿勢を崩す二人目がけて腹に響くような低い音と共に目の前の空間が膨張していく。

 

 瞬間、夜の帳を叩き砕く様に空気が炸裂した。


「があ⁉」

『先輩!』

 辛うじて直撃は避ける。しかしさっきから耳元で爆音を鳴らされ鼓膜が痛い。全身が芯まで均等に痛めつけられるような、経験したことのないダメージが全身に浸透している。


「手も足も出ないとはこの事ですわねぇ! ねえ? フォッケウルフ?」

 フォッケウルフから返事はない。代わりに喉を鳴らすような唸り声が響いた。

 限定解除により今、フォッケウルフの主導権はフィーネに移っている。その挙動は本物の獣さながらに凶暴性を増し、完全な兵器としてその場にあった。


「この痛み……音か」

「ええその通りですわ」

 フォッケウルフの翼は現在、その形を大きく歪めていた。大きくなっただけではない、翼のフレームそのものが大きく拡張され、それらは細かく振動し、空気中に弦を爪弾くような音を鳴らしている。


「フォッケウルフの翼は指向性を持たせた音波を放出する音響兵器。絞れば音の矢となり圧縮すれば音の壁となりますの」

「……なるほどな」

 リアクターの出力が同じで何故こうも速度で上をいかれるのか。つまりそこも音を利用しているのだ。

 音を束ねれば物理的に物質を遮る壁となる。ナギを空中で弾いたものはそれであり、またそれを足場にすれば文字通り空気を蹴って方向を転換できる。

 ――飛ぶと蹴るじゃ旋回性能の差が出て当然……しかも限定解除まで使用して俺一人を封じ込めている……。

 

 限定解除は一度発動すれば二十四時間は使用不可となる。数多の雑兵はともかく風やバイケンなどの他の優勝候補者に対して、これ以降切り札を失ったまま戦うというのは圧倒的なハンデになる。だが彼女はそうまでして、ここで勝負をかけてきた。


 どういうつもりかは知らないが、フィーネはここで本気でナギを仕留めるつもりらしい。


『先輩、あと百秒を切ってるっす! 急がないと!』

「分かってる……」

 ここから先、恐らくフィーネは一対一でナギをマークし続ける。フォッケウルフの限定解除も第一ピリオドまではもつだろう。

 この状況でナギとリンが生き残れる手段は、そう多くはない。


「限定解除、貴方も行うしかないのではないって?」

 含み笑いを零しながら、フィーネはナギへそう言った。


「手を抜いたままの貴方方を逃がす程私達は甘くはありませんの。けれど本気を出せば私を振り切れる可能性だってあるのではなくって?」

「……何言ってんだお前」

『せ、先輩! でもアイツの言う通りっすよ! このままじゃボクらここで敗退っす!』

「……」

 他の集団とは大きく離されている。状況は圧倒的不利、敵は勝ち誇りリンは焦りで何度もナギを急かす。


「……本気を出すだの、振り切るだの、言ってることがずれてんだよお前ら」

『「え?」』

 

 体の調子を確かめる。敵の攻撃が直撃したが特に動きに支障はない。限定解除とは言えドラグーンフラッグは殺し合いではないのだ。本来は生物を粉々に吹き飛ばす破壊力であっただろうが所詮は競技用の域を出ない。


 とは言えその妨害をかいくぐり他の標的に狙いを定めるのはかなり不利。だがこんな序盤で限定解除を行使するなど馬鹿のやる事だ。となれば後は一つしかない。


「リン、残り何秒だ?」

『な、73秒っす』

「ん、十分だ」

 調子を確かめる様に出力のギアを上げていく。真っすぐに自分を見るナギに、フィーネはその意を察して息を呑んだ。


「まさか貴方……」

「まさかって事はないだろ。合理的に考えたらこれが一番だ」

 一つ息を吐く。呼吸を整えナギの目が敵を捉えた。そしてリンに対してその言葉を告げた。


「限定解除なしでアイツのフラッグを全部狩る。いいな?」

『ええ⁉』

「アーッハッハッハ! 何を言うかと思えば、とんだ世迷言ですわ!」

 フィーネが高笑いし、フォッケウルフの翼が高周波と共に振動していく。目に見える程に圧縮された音の砲弾。その照準を向けてフィーネは叫んだ。


「そんな世迷言を吐いている暇があるのなら、さっさと限定解除をしてかかって――」

 言葉は最後まで続かなかった。音の砲弾が発射されるその瞬間、攻撃に全ての意識が向けられる刹那にも満たない間隙。

 その細い細い隙を切り裂いて、気がつけば既にナギはフィーネの後方にいた。


「――きな、さ……え?」

『え? あれ?』

 仕掛けられたフィーネはおろか、リンすらも戸惑っていた。

 リンの尾には、二本のフラッグが伸びていた。


「飛行貴族だっけ? いい呼び名だ。けど実は僕にもそういうあだ名みたいなのがある」


 別に気に入っているわけではないし、その何の色気もない名前など別にくれてやっても構わない。だが客観的事実に基づき、オベリスクの住人はナギの事を至極端的にこう表現した。

 

 ただ単純に、最強と。


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