FamousDay 4

 ドラグーンフラッグの開催中、ウルフテックの演奏は夜通し続く。終わることの無い演奏は時に観客を熱狂させ、時に騒ぎ疲れた人々の神経を鎮めてゆっくりと冷却させる。


 たかだか四人の奏でる演奏が人々の心を掌を転がすように舞上げ、そして彼らの演奏は夜が明けるまで一秒たりとも止まらない。成程確かにこれは人間業ではない。彼らの音楽はまず間違いなく、現存する最高のエンターテイメントだった。


 だがそんな彼らですら今宵の祭りでは脇役でしかない。

オベリスクの上空、高度五百メートルを無数の機巧飛竜ドラグーンが旋回する。翼に内蔵された動力炉から放たれる電光は星の光にも似ていた。


 その総数は四百。その中にミズチ・ナギはいた。


 海から吹き込む風が前髪を揺らす。上空の風は地上よりずっと強く、少し気を抜いただけで何処かへと飛ばされてしまいそうだ。

 

 ゴーグル越しに見下ろす街はまるでぽっかりと穴が空いたように暗く、方々で灯る照明が人のいる場所を型抜きしたようにくっきりと切り抜いている。

 落ちたら即死、地上を離れて空を泳ぐこの時間、自分がどこにいるのかとふと我に帰ると身が竦むような思いがした。

 天候は晴れ、雲一つない空に月が昇る。コンディションは上々、ナギはリンの背中を撫でながら問いかける。 


「リン、調子は?」

『聞くまでもないじゃないっすか。絶好調っす』

「いい返事だ。お前の調子がいいんなら俺も頼もしい」

『いや演奏の方』

「演奏かい」


 地上五百メートルの高さともあって控えめに突っ込む。うっかりテンションを上げて落ちたら即死。死因としては嫌すぎる。


『まあ大丈夫っすよ。ボクだってやるときはやるから。大船に乗ったつもりでいて欲しいっす』

「大船ね」

『そうっすよ! 今日のボクはタイタニックと呼んで欲しいっす!』

「やめろ!」

 この世で一番縁起が悪い名前。


「けどまあ実際問題、演技云々は関係ないっすよね。先輩なら楽勝っすよ!」

「……どうだかな」

 既に、周りからは幾重にも視線を感じていた。ここにいるのは四百機の竜とその騎手達。それもこの一年に一度の祭典に参加することを許された一流達の中でも、さらに屈指の実績を持った超一流達。少なくとも楽勝などと言える相手ではない。


 猛禽の様に鋭い目でこちらを見下ろす、岩石のように巨大な竜に乗った壮年の男。

 ドラグーンフラッグ最多出場のハロー。弱い六十を超え、どのような戦いでも安定した成績を残す生きた伝説。今大会におけるナギにとって最も厄介な相手だ。


 丸い黒メガネをかけた長身の男が、ナギに視線を合わせてウインクをしてくる。

 風・小龍フォン・シャオロン。ナギにとっても同じ下層地区の出身者であり、操縦だけでなく機巧飛竜の構造そのものにも精通し、何よりナギの手の内も知り尽くしている。

 

 白金の髪をかき分けて夜空を旋回する美しい少女がいた。

 飛行貴族レベッカ。幼い頃から竜の騎手になる為に教育を受け、ドラグーンフラッグにて優勝をする為に生きてきたエリート騎手だ。年齢はナギよりも下だが飛行に関しては傍から見ても天才だ。これからさらに伸びると思うのならバイケンよりもさらに厄介な相手でもある。


 その他にも無慮数百もの出場者がナギ達を注視している。これほどの大物が一堂に会するのはドラグーンフラッグをおいて他にない。ひりつくような緊張に喉が渇いて張り付き、ナギはごくりと唾を飲んだ。


「おいおい緊張してんのかァ? 大丈夫かよオイ!」

 突如、後方からガサついた男の声がした。

 振り返るまでもない。視界の端から嫌でも目に入ってくる品のない金色の竜と、それに乗る自称天才騎手。アーサー・ロナポルド。


「ひゃははははは! 安心しなよミヅチぃ! そんなに神妙な顔しなくてもよ! 俺があっさり引導を渡してやるからよぉ!」

『先輩、なんかあいつ言ってるっすよ? ボクがぶっ殺しておきましょうか?』

「放っておけ」

 本来ならスポンサー様の息子、無視するのはあまり得策とは言えない。だが機巧飛竜ドラグーンの自動操縦に任せて自分で操ってる気になっているような、そんな経験も考えも浅い男にかかずらって集中を切らしたくはなかった。


 その時、リンの尻尾の先端が青白くスパークした。

 熱は発さない、しかし夜の空の中で星のように光るそれはやがてひらめく布の様な形を形成していく。

 否、それはリンだけではなかった。空を舞う全ての機巧飛竜の尾から伸びる青い光。それは実態のないホログラムで形作られた青いフラッグだった。


「うお⁉︎ なんだこりゃ⁉︎」

 アーサーが素っ頓狂な声を上げる。ドラグーンフラッグに参加する他の騎手達も驚いたように声を上げていた。

 地上からや中継映像からは見た事もあるだろうが、あのフラッグを生で見るのはこれが初めてなのだろう。

 

 ドラグーンフラッグ。それは文字通り、各々の騎手達が他の竜からフラッグを奪い合う戦いである。

 フラッグは他の機巧飛竜が接触すれば触れた側に移る。一定時間ごとにフラッグを奪われた騎手と竜は脱落。それを日が昇るまで繰り返していく。

 最後にフラッグを持っていた組が勝つ。言ってしまえば鬼ごっこのようなものだ。


「へへ……そうか、これがフラッグ……」

 アーサーがナギの真上をとる。それと同時に鳴り響いていた曲が止み、ドラムの独演が街中に響き始める。

 このドラムソロが鳴りやんだその瞬間が始まりの合図。その瞬間を掠め取ろうとアーサーが舌なめずりをしている。

 

 ナギは、そちらに注意すら払わない。

 やがてドラムのリズムが少しずつゆっくりになっていく。

 コーヒーのドリップの最後の雫の様に、ゆっくりゆっくりと音は止み、やがて――


 止まった。


「ひゃあっはああああ! いただきだァッ!」

 絶叫と共にアーサーが加速。直下のナギとリン目がけて黄金の翼を羽ばたかせて機巧飛竜ドラグーンを加速させる。


「テメエのフラッグは俺のもんだ! ひゃはははははは! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死――」

 その時、アーサーは気づいた。

 自分のフラッグが既に、機巧飛竜ドラグーンの尾から消え去っていた事に。


「――無え……?」

「あら、ごきげんよう」

 アーサーのフラッグを掠め取っていたのは、白金色の髪に碧眼の少女だった。跨る竜は雪の様に白く、他の機巧飛竜と比べて一回りは小さい。


 飛行貴族、フィーネ・アインホルン。今大会における優勝候補の一人が、前髪を軽くすきながらアーサーを見下ろす。その竜の尾にはアーサーから奪った二本目のフラッグがたなびいていた。


「あんまり隙だらけだもの。献上して下さったのかと思いましたわ」

「テ、テメエ! 返――」

「フォッケウルフ。蹴散らして」

『畏まりました。お嬢様』

 フィーネ目がけて旋回しようとしたその瞬間、アーサーの機体が空中で弾かれた。

 見えない壁にぶつかったようにアーサー自身は感じただろう。実際に、遠目で見ていたナギも目で追うのがやっとだった。

 フィーネの竜、フォッケウルフの尾がアーサーを叩き落としたのだ。


「乱暴する……」

「あら、優しい事を仰るのね? 余裕の表れかしら」

 微笑を浮かべるフィーネだったが、そこでその表情が僅かに曇る。

「んもう……私の獲物ですのに」

「……」

 視界の端で後方を捉える。

 総数は百を超えるだろう。機巧飛竜が大群となって、ナギに向かって押し寄せる。それは鈍色の濁流の様でもあり、それら全てがナギという一つの目標に向かっていた。


「観客は大盛り上がりですわね。まあ貴方ならこの後も復帰できるでしょうから、ひとまずは私にフラッグを譲ってくださいな」

「どいつもこいつも……どれでも同じ一点だろうに……」


 ナギはリンの背中を撫で、リアクターの出力を上げていく。


「誰を敵に回そうとしてるのか、教えてやるよ」


 敵は百を超える機巧飛竜達に優勝候補のフィーネ。それら全てを見渡し、ナギは獰猛に笑った。

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