FamousDay 3
「わああああああ! ほああああああああああああ! ぴゃあああああああああ!」
「うるさい」
「びえっ⁉」
ぶっ壊れたみたいに絶叫するリンの頭にチョップを落とし、ナギは呆れた様にため息を吐く。
「興奮しすぎだ。どんだけテンション上げるんだお前は」
「だ、だだだだって!」
二人がいる場所は、市街地から三キロ外れた場所に設営された巨大な球場跡だった。
かつては人類の居住区として存在し、大戦の中で捨て置かれて雑木林になっていた場所を整備したそのスタンド内では、復旧させたナイター設備が煌々と光り輝いている。
何十もの
浮かれ騒ぐ街の人々に比べ、ここにいる騎手達は皆真剣そのものの表情で話しかける事すらはばかられる程にひりついている。
エアレースが興行である以上はイベントやレースそのものは年中開催されているが、ドラグーンフラッグほどに大規模なものはそうそうない。
ここで結果を残すことはそのままレーサーとしての収入に直結する。逆に普段下層にいる騎手にとって今日は昇り詰める最大のチャンスであり、一夜にして天国と地獄が簡単に入れ替わるこの上ない重要なレースなのである。
当然運営スタッフ達もこの一大イベントに向けて最大限の集中を持って臨んでいる。浮かれ騒いでいるのはリンぐらいのものだ。
「レースに出場するのだって初めてってわけじゃないだろうが。恥ずかしいからやめろ」
「そっちで騒いでるんじゃあないっすよ! ほら先輩、耳を澄ませてみてください?」
「……?」
リンに言われ、目を閉じて音を拾う。運営スタッフの行きかう声に街から響いてくるロックバンドの演奏。
「ね? すごいっすよね?」
「何がだよ」
「演奏の生音声聞こえるじゃないっすか!」
「どんな耳だお前」
目をキラキラさせて小刻みに跳ねるリン。ヒーローショーを目の前にした子供のようにぴょんぴょんと跳ねる。リンは彼らの大ファンなのだ。
音楽という文化そのものが大きく衰退したこの時代において、恐らくは現状最も有名なロックバンド。名をウルフテックという。
その名の通り狼の頭を持った四人の究極生命体であり、かつてはその圧倒的なまでの能力を古今東西様々な独裁者に狙われて南極にて眠りについた。だが休眠の中で人類の生み出した音楽という文化に触れ、音楽の力で世界を変える為に再び活動を再開した……という設定になっている。
実際に何度か見た事はあるが、どう見ても狼の被り物をしている人間にしか見えなかった。しかし娯楽に飢えたこの世界において大戦前の水準と比較しても圧倒的な演奏技術を持ち、良くも悪くも衆目を集める設定をぶら下げた彼らはこの時代においては世界トップのロックバンドとして君臨している。
その人気っぷりは凄まじく、中には本当に彼らを人間ではないと思っているファンも多い。リンも実際にそのクチだ。
「はあ……ボク頑張ってきて良かったっすよ。一番近いこの会場じゃなきゃこんなにクリアには聞けないっすからね」
「ああ、確かにこのスタート場所は初めてかもな」
ドラグーンフラッグに出場するのは計四百組。五か所の会場から飛翔し、市街地上空に集結する。他のレースと比較してもかなり大規模なものである故に待機場所を分けなければ収容すらままならない。
だがそう都合よく大きな平地など存在しない。なので他の待機場所は雑木林となったかつての住宅街に
「はあ、やっぱかっこよ……でも絶対街の中の方がきれいに聞こえるっすよね……いこっかな」
「おい馬鹿やめろ」
「あはは、冗談っすよー。本番になったら真面目にやるっすから」
「おいおい? 随分と余裕そうじゃねえのミヅチ」
その時、ナギの背後に一人の青年が立っていた。
振り返るとそこにいたのはナギもよく知った顔だった。
「あ、お久しぶりですアーサーさん。同じ会場スタートなんですね?」
「まあな。テメエは相変わらず辛気臭え顔してんなオイ」
「よく言われます」
口角を上げてにやにやと笑う。やや下卑た表情ではあるが元々の顔の造詣がいい為かあまり気にならない。百九十近い長身とやや浅黒い肌にブロンドの髪。アロハシャツに袖を通し耳には黒のビアスがあった。
アーサー・ロナポルド。ドラグーンフラッグの参加者の一人であり、市長の一人息子でもある為、ナギとは顔見知りである。
「それにしても、アーサーさんが騎手になったなんて知らなかったです」
「へっ、まあなぁ……今日が俺のデビュー戦だしよ」
「デビュー戦?」
ぴくりとリンが反応するが、それを遮ってナギは言葉を被せる。
「成程素晴らしいです。騎手になってすぐにドラグーンフラッグ出場だなんて、史上最速じゃないですか?」
「天才だからなぁ。テメエみたいな下層上がりとは生き物としての格が違うんだよ」
「……は?」
リンの全身から目に見える程の殺気が吹き出す。今までのおちゃらけた態度は鳴りを潜め、縄張りを犯された猛獣の様に眼光を強くし、焼き殺す程に強くアーサーを睨みつける。
「なんすかそれ……撤回してください。誰に向かってそんな事言ってるんすか……」
「リン、止めろ」
「おお? お前アヤクモリンか? うおお! 実物は可愛いなあ!」
前に出ようとするリンをナギが制止する。アーサーはそんなリンの殺気に怯むことなく……というより気づかないままに頬を緩めてまじまじとリンの顔を覗き込む。
「スペックも最高峰、見た目もいい。成程納得だぜえ」
「納得……ですか?」
「凡人のテメエが勝ち続けられる理由だ。マシンが良けりゃそりゃ勝てるわな」
「お前……ッ」
「リン」
アーサーに掴みかかろうとしたリンの腕を咄嗟に掴む。ナギの視線に諭されて、リンはそこで歯噛みしながら手を引く。
相手は市長の息子、ナギにとってのスポンサーだ。彼をこの場で傷つける事は騎手としての人生の終わりを意味する。
「反論も出来ねえか情けねえ……なあおい、一つ賭けをしねえか?」
「賭け……ですか?」
「テメエが勝ったらなんでも言う事聞いてやるよ。けど負けたらそいつ、俺にくれよ」
「っ……それは……」
「自信がねえか? でけえ夢を見た事もねえようなカスだもんな。だがテメエに拒否権はねえ。それにアヤクモは俺にこそふさわしい。他のゴミ竜どもじゃ釣り合いがとれねえからな」
その時、辺りから流れる曲のセットが変わり、音量がひと際大きくなる。
出場の合図。それを聞いてアーサーはひと際大きく口角を歪ませるとパチンと指を鳴らした。
「アクセスコード《パーミッション》」
その瞬間、何もない空間が爆発的に膨張した。空間を裏返し現れたのは、竜の姿をとったリンと比べても一回りも大きい、黄金色の機巧飛竜だった。
ぎらぎらとスタンドライトの照明を浴びて輝くそれの背に乗り、アーサーはナギを見下ろす。
「こいつぁ、かつて世界最高の竜と呼ばれたロゼ・アイオライトの機体データを忠実に再現したもんだ! 大戦後の代替技術で作られたもんだから自我こそねえが、その性能はアヤクモにも劣らねえ……が、やっぱり模造品じゃ物足りねえよなぁ」
舌なめずりをしながらリンを見る。それと同時に、周りの騎手達も次々と自分の機巧飛竜に乗り込んでいき、順次飛翔していく。
「今日がテメエがその傑作機に乗れる最後の日だ。精々楽しむんだなぁ!」
高笑いと共にアーサーが飛翔していく。それを見送りながら、先ほどまで怒りの形相を見せていたリンは安堵したように笑った。
「あいつ、馬鹿っすよ? 昨日今日初めてレースに参加した奴が本気で先輩に勝てると思ってるんすから。馬鹿過ぎて安心しましたよ」
「……ああ、そうだな」
ナギはリンの頭に触れ、その髪をとかす様に撫でながら口を開く。
「アクセスコード《クラウンブレード》」
その瞬間リンの身体を中心に空間が入れ替わる。少女の身体は虚数空間へ、そして現れたのはアーサーのものよりも一回り小柄な群青色の機巧飛竜。その背に乗ったナギはリンの操縦桿を握る。
『先輩先輩! あの世間知らずぶっとばしちゃいましょうよ!』
「チャンスがあればな。行くぞ」
翼のリフターが過剰なまでの電力を生み、既に飛び立った竜達に続く様にナギ達は一気に飛翔する。
――負けたらリンを渡す……か。
「リン……あのな……?」
『はい?』
「いや、なんでもない」
言いかけた言葉を飲み込んでナギはさらに出力を上げる。
宵の空に今、四百の竜が集結しようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます