開幕
遥か彼方に、太陽の沈む大海原がどこまでも広がっている。
総人口は二十万人を超える、この時代における世界最大の人口密集地域、オベリスク。その街の中は現在、不気味なまでに静まり返っていた。
人々はいる。大戦前の建築物を再利用したその瓦礫の街の中にはぽつりぽつりと、まるで石畳の上に散った水飛沫のように僅かに明かりが灯っている。だがそれもごくごく少数の街灯や、高台の上の上層官公庁にほんの微かに光があるだけ。
時刻は午後六時五十九分。暗い街の中で人々は息を顰める。広大な街の中にあって、その表情は資産家から労働者、子供から大人まで皆同じ。何かをじっと、叫び出しそうな興奮を抑えてただ待っていた。
まだか。早く始まれ。もう待ちきれない。
そこかしこから破裂寸前まで期待で膨らみ切った声が漏れる。彼らの視線は藍色に染まろうとしている海に向けられていた。
太陽がもうすぐ沈もうとしている。橙色の光が水平線の彼方へと消え、光の雫が海に吸い込まれていくのを誰も彼もが凝視する。
日没の十秒前。オベリスクのそこかしこに増設されたスピーカーから音合わせでギターの弦を弾く音が響く。
七秒前。繋ぎっぱなしにされていた街中のテレビというテレビ、ラジオというラジオが一斉に電波を捉える。
五秒前。スピーカーから、テレビから、ラジオから。ありとあらゆる音を伝える為の機会に乗せて、スネアドラムの音が心臓を急かすようにエイトビートの音を刻んだ。
既に熱気は最高潮。爆発寸前の熱気をさらに煽り立てる様にスラップベースの重低音が街中を揺らす。
三秒前。宵の空を切り裂く三百ものサーチライトが闇を切り裂く。
二秒前。噴火直前の熱気がオベリスク全体に伝播していく。
一秒前。一年間待ち望んだこの瞬間に向けて、全ての住人が息を吸い込んだ。
そしてゼロ――。
太陽が沈み切ったその瞬間、リードギターのコードが始まったばかりの夜を叩いて揺らした。
それはこの世界における最大最高の興行の始まりを告げる曲。
奏で上げるハイペースの演奏は高ぶった熱をさらに加速させ、熱狂する住人の声で街中がびりびりと震える。
叩きつけるようなロック。その曲名は奇しくも今日という世界最高の祭りと同じ名前を名付けられていた。
大人も子供も金持ちも貧乏人も誰も彼もが待ち焦がれた、太陽が沈むと同時に始まり太陽が昇るまで続く夜を塗りつぶすお祭り騒ぎ。
ドラグーンフラッグが、たった今その幕を開けた。
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