宝玉の私

もしもし。ちゃんと聞こえてますか?

思念話みたいに、頭に直接ってわけじゃないから、宝玉をちゃんと耳につけてね。

それでちゃんと耳を澄まして聞いてね。

今日は、今日だけはキミが私の話をじっくり聞く番。

ほんとうにこれが最後のメッセージになるから。おねがい。


キミがこれを聞いているってことは、私は長い冒険に出たみたいだね。

なんて酔った表現は止めて、私は死んだんだね。

魔王を殺して、キミは真の勇者だ。


私の本当の気持ち、ちゃんと伝わらなかったみたいだから伝えるね。

もう死んじゃってるから、もう一度にはならない…よね?


私はキミのことが、キミが好きだったよ。

キミが大好きだった。愛してた。


でもだからこそだよ。

キミの冒険譚は私を複雑にさせるの。

大好きなキミの活躍は嬉しいし、キミには生きてほしい。

でも魔王として、キミの活躍に悩まされたし、キミを殺さないといけなかった。


毎回、キミと思念話するたびに、心が引き裂かれるようだったよ。


冗談で私をよく笑わせてくれたクラーケンはキミに食べられる。

私と恋バナをよくしたアラクネはキミへを想うばかりに命を絶つ。

よくお酒を一緒に飲んだヒュドラはキミに殺される。

一番優しく私に寄り添ってくれたザラタンまでもキミに倒されてしまう。


私にとって大切になったキミは、私の他の大切な者たちを奪っていくんだもの。


ずっと迷っていたの。


キミと愛の道に生きるか、魔王としての運命を全うするか。


それもキミのドラゴンさんの想いで、迷う必要もなくなっちゃった。

なのに、最後の最期まで決心出来なかったよ。

だからキミが今こうして私の声を聞く結果になってるんだろうな。


キミとドラゴンさんは最強/最恐さいきょうだったよ。

聞いていたとおりだった。

二人の絆・愛から繰り出される息のあった攻撃。

やっぱり、キミとドラゴンさんには勝てなかったよ。

力って意味でも、愛のって意味でも。


でも二人の左手の薬指に指輪があって驚いたよ。あれには動揺させられたな。

あれがなければ、私が勝ってたかも…なんて。

私がキミを殺せるわけないから、私が勝つなんてことは絶対ないんだけどね。

だからキミの勝ちも約束出来たの。


魔王としての運命を全うしようとして、キミとの愛の道に生きようとした。

その結果、魔王として戦って負けて死ぬって覚悟して諦めたの。


勇者と魔王は叶わない恋になってしまった。

でも人間とドラゴンの異種族間の恋が叶っただけでもロマンチックだよね。

絶対二人で幸せになってよ。


キミがこれを聞いているってことは、私はキミにとって何者かではあったんだよね。

恋人にもキミの愛する人なれなかった私でも、キミの何者かではあったんだよね。

宿敵とかかたきとか悪い意味ではなくて、良い意味で。そう…だよね。


この宝玉は実は私の心臓なの。

魔王の私の心臓はね、死んだら魔力・知識、私の全てが心臓に集約するの。

それが結晶・硬質化して変形して宝玉になるの。

この声、メッセージも、最期の瞬間のキミへの想いが集約したひとつなの。


この宝玉を、利用するのも売却するもの破壊するものキミの自由。

だけどね。これは私のお願いというかワガママだけどね。

ただキミに持っていてほしいの。

利用でも売却でも破壊でもなくて、所有だけして欲しいの。


私はキミに夢中だった。キミが大好きだったの。愛していたの。

キミは私の心をつかんで離さなかった。

これは比喩表現ね。


でもね。本当につかんで離してほしくないの。

私が死んでも私の心つかんで離してほしくないの。

私が死んだら、私の肉体は朽ちるし魂は消滅するし、心は失われる。

でも代わりに私の全てが、身体も魂も心も宝玉として残るの。

その私の全てである宝玉を離さないでね。


そうすれば、少しでも私もキミの心つかんで離さない女になれるでしょ。

やっとキミの心をつかめるでしょ。

キミも少しは私を好きになるよね。愛してくれるよね。


いや死んでるから、この際何でもいいや。愛じゃなくてもいい。

愛でも同情でも恐怖でも何でもキミの心を離さないんだから。


ほら。気付いた?

鈍感なキミはまだ気付いてないかな?

私にとっての祈り。キミにとっては呪いかな。


私の宝玉がキミの心とひとつになってるよ。


キミの冒険譚と私の人生は最後/最期さいごになった。


でも私とキミの物語は始まったばかりだからね。

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キミが語る冒険譚をきく 秋丘光 @akinokisetu

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