第5話
白亜の都、ククリタニアは春だった。
ナナヤが駆け出した瞬間、白亜の石畳と同じ色をした曇り空から、ぽたりと雨雫がひとつ、博士の目の前に落ちた。
それは雨が始まる最初の一粒だった。
ナナヤは走るのに必死でそれには気が付かなかった。彼女は出口が失われたわけではないことを知っていた。湖の城は圧縮されており、普段は敷地内に収まっている。だが、魔術師の手にかかればそれが元の広さを取り戻すことも容易である。彼女の父親も含め、大人はみなそのからくりを知っているし、大人が知っていることの大半はナナヤの耳にも入っていたのだった。
いっぽう、博士は足元に落ちた雨粒を睨みつけた。
雨はぽた、ぽたと忍び足で歩み寄るように庭に足跡をつけていく。走り去っていくナナヤを、それを目で追う博士をそれぞれ阻むかのように、雨はすぐに僅かな濡れを感じさせるぐらいの粒感になった。
そのうち一粒が博士のぼろきれのようなコートの肩を叩いた瞬間、彼はナナヤの背中を見つめたまま、ゆっくりと重たいものを持ち上げるような動作で、右腕を天に向かって持ち上げはじめた。
その動きに合わせて、雨粒がゆっくりと止まっていく。
見えない抵抗を感じるかのように。
そして、博士がぶん、と右手を力強く空に向かって振り払うと、庭を踏み荒らそうとしていた雨粒は、ざあっと音を立てて、一粒残らず空に戻っていく。
ぶわ、と雲に巨大な風穴が開いた。およそ、50平米ぐらいの。
「なぜだ!!!」
博士は走り去っていくナナヤをぎろりと睨みながら、不機嫌に叫んだ。
「やはり……やはり女は駄目だ! 生意気でならん! なぜ天候ほどにも従順でいられぬのだ? 脳なしめ! 知能指数の低い愚図!」
そうしてナナヤの背中を指さすと、あっちむいてほい、という感じで右に向かって指先をそらした。
瞬間、一歩踏み出したナナヤの右足がずれ、ぐきりと体重で曲がり、そのまま彼女の身体は石畳から逸れ、右側の生垣に向かって吹っ飛ばされた。
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