第4話

 


 生まれながらにして身分は決定している。自然の摂理だ。魚は釣られ、鳥は撃ち落される。家畜は肉に、畑は富に。

 魔術においてもっとも重要なものは摂理である。ある流れを支配するということ、それが魔術という法則術の本質。教科書にも、そう書いてある。

 故に、一流の魔術師はみな、支配の才能を持つのだ。


 社会は人間が作り出した最も巨大な魔術である。


 そして、学校は社会の縮図だ。

 マナが魔力に瘤を結ぶように、人間は関係性でコロニーを作り上げる。そこには物理法則より明示的なヒエラルキーがあり、内部にあるものは支配の圧力に逆らうことができない。『特別』なもの以外はすべて、ある種の力場に拘束され続ける。しかし、この巨大な力場のうねりの中で自由自在であり続けるためには、代償を支払わなければならない。軽くない代償を。

 はっきりいって、ナナヤは『特別』だった。彼女は平凡な人間である。生まれは町の牛乳屋であり、成績は並よりやや劣るぐらいで、器量にも特筆すべきような良し悪しはなく、むしろ【素朴】なだけやはり並より劣るぐらいだった。彼女はたしかに、自由自在であると言えたかもしれない。スクールで彼女が関係性のなにがしに縛られたことはあまりない。しかし、代償の重さは身につまされるものだった。要するに、彼女ははぐれ者であり、他のコロニーに接近することは許されていなかった。ある社会において、なにかに所属しないということは、自由自在であるということはそういうことなのだ。普通はこの圧力に抵抗するよりは、関係性に膝をつくことを選ぶものだ。彼女がそうしなかったことに気高い理由はなく、ただ単に、早くに大人と接するような働きをしていたせいで少し浮いていて、不器用で、なにかに所属する機会をうっかり失ってしまったというだけなのだ。

 このように不可抗力で自由自在になった彼女は、この力場においては透明人間に等しい。敵はいなかったが、味方も誰ひとりとしていなかった。そして、生まれたときから労働――自らの手で自らのことを成すこと――が身に沁みついていた彼女にとって、それは普通のことで、危惧すべき要素は見当たらなかった。だからやり損ねたのだけれど。


 そんなナナヤにも友人がいた。

 かつては。


「ラキャベルさん、生徒会の話だけれど」

 ナナヤ・ラキャベルは群れを持たない魚であり、彼女に話しかけることができる人間は少なかった。

 その中でも彼女は完璧な存在だ。トールという苗字だ。それ以外は知らない。彼女は自分の所属するコロニーを掌握しており、そのうえで『特別』だった。いわば特権階級だ。彼女は社会という術式、その一端である学校、その一端であるクラスルームである程度の権限を保有している。政治的で、ブレインに相応しい存在で、コロニーを越権して自由を行使できる。彼は誰にでも話しかけることができる。

 つまり、彼女は【魔術師】なのだ。

「うん」

 ナナヤは返答した。ナナヤは彼女のことを別に好きでも嫌いでもなかった。

「うちのクラスではミシェルを推薦しようって話をしてるの」

 トールは政治の話を始めた。

 彼女がナナヤを挑発しているのは明らかだった。ナナヤはこの時、急にトールのことを心から嫌いになった。


 ミシェルは魔術師の卵だ。そしてナナヤの友人だった。

 魔術の成績だけは群を抜いて良いが、それ以外はからっきしというギーク気質で、いつも人の好さそうな顔をしているせいで一定の損をするタイプだった。

 第七十五永遠学校において魔術の成績には特別な意味がある。アーロヌド・スーパーストロング博士の居城にほど近いこの地区では、各種教育カリキュラムや行事の影響から、魔術の扱いに長けるものは尊敬される傾向があるのだ。

 ミシェルは支配者の気質ではなかったが、マイペースで他者の動向を気にしないという、魔術師としての充分な才能を持っていた。ミシェルにとって全ての魔術、全ての社会は取るに足りないものであり、壁はいつもあってないようなものだ。ミシェルはナナヤのことが昔から大好きだった。子供っぽいミシェルにとって、7つの頃から労働に親しんでいるナナヤはひどく大人びて見えたのだろう(これはナナヤの自己分析だ)。

 二人はエターナルスクールに入る前からよく一緒にいた。しかし、縛られるもののない二人の『特別』な人間のあいだに、政治という強い力が流れ込んだら、誰も縛ってくれてもいないのに、その奔流に逆らうことができるだろうか?

 ナナヤには難しかった。なにか強い力が働いていて、ミシェルと学校で一緒にいることがほとんどできなかった。ミシェルはいつもいくつかの有力なコロニーの筆頭者と一緒に行動していた。それはミシェルを奪い合うあまりにも強い奔流であり、ナナヤに干渉できるわけがなかった。

 だが、誰ともなく、ミシェルとナナヤの間にある言葉のない友情は理解していたはずだ。

 彼らはそれを快く思わないだろう。持たざるべきものがなにかを持っていることを、支配者は許せないのだ。


「そう」

 ナナヤはあからさまに不愉快であるという顔をして返事をした。トールはにっこりと笑う。

「ラキャベルさんにも投票に協力してほしくてね。プレゼンを一緒にやってもらってもいいのだけど」

「私は忙しいから、やらないよ」

 ナナヤは冷静に答えた。トールを相手に世辞を言っても無駄だ。ぐうの音も出ないぐらいに断らなければならない。

「そう。ミシェルはラキャベルさんにやってほしいって言ってたけど」

「失礼だな、あいつ。そういうのは、自分で頼むべきでしょ? ちゃんと言ってあげたほうがいいよ、お前が言えって」

 ナナヤの返事を聞いたら、トールはもうそれ以上は何も言わず、「そうね」とだけ言って去った。



 ナナヤは上から降ってくるものはみんな嫌いだ。

 雨、権力、拳。


 

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