第2話


 ナナヤの通っているエターナルスクール『公立・第七十五永遠学校』がこのブロックに建設されるとき、地域住民による小規模な反対運動が巻き起こった。理由は「スーパーストロング城のある雑木林のすぐ横が通学路になってしまうから」だった。

 地域住民から見てもこの城が与える子供たちへの悪影響は明白だった。どこの世界にこんなわけのわからないものをわずか通学路の100m横に見据えながら【寄り道】せずに歩ける自制心を持つ子供がいるだろうか? そして、アーロヌド・スーパーストロング博士もまた残念ながら、一般的な大人ほどの自制心は持ち合わせておらず、侵入者と化した子供たちになんらかのいかれた手を出さないとは限らなかった。この地域の人間はみんなそれを知っていたのだ。

 だが、公的事業としての学習振興の流れを地域住民の厚意のみで押しとどめることはできず、スクールが完成し、周囲にはおあつらえむきの新興住宅地までできてしまった。しょうがないので、地域住民たちは平均年齢77歳の自警団『見守り隊』を結成し、日々子供たちの通学を見守り、雑木林に入ると悪魔に襲われるのでヤバいという都市伝説を定着させることにある程度成功したのだった。


 だが、ナナヤはもう14歳だ。

 都市伝説を信じるような年ごろではない、特に女の子は、一般的に。


 彼女は決して特別恐れしらずな人間というわけではなかった。家の中でネズミやゴキブリを見つければ汚がって近づきたがらないし、クラスで無視されている子がいても冷静に加害者と被害者のどちらがどのぐらい悪いか考えるぐらいで介入しようとはしない。

 そんなことなかれ主義者のナナヤが「湖の城の悪魔」をさほど恐れたことがないのは、あの雑木林が治外法権ではなく、きちんと住所の割り当てられた土地で、悪魔と呼ばれている人物が戸籍を持つ人間であることを知っているからだ。

 なぜなら、彼女の家は牛乳屋で、配達区域からして、アーロヌド・スーパーストロング博士宅に毎朝新鮮な牛乳を届けるのは、学校に行く前の彼女の日課だったからである。

 店主であるナナヤの父親は「牛乳を飲むなら人間だ。気にするな」とこういう感じで、郵便屋が言うには「古い密約によって、白い石畳の上に立っていれば、その人物には手を出してはいけないことになっている」らしい。配達は単純で、開けっ放しの黒い鉄柵の門を潜り、ナナヤの歩幅で7、8歩ほど石畳を進んで、湖のそばにあるポストの下にあるミルクコンテナの中にある空の牛乳瓶を回収し、代わりに同じ本数の新鮮な牛乳を入れる、それだけだ。

 過去二年の配達のあいだ、他の区画で痴漢やひったくりに襲われたことはあったが、この鉄柵の中で何かが起こったことは一度もなく、ナナヤはそもそも博士を見たことすらなかった。


 そして、彼女が初めて博士を発見したのは、勇士兵団が初めて派兵して勝利を挙げた日を記念する祝日の朝だった。


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