ホーリー・レインボー

カササギリョーノ

第1話

 

 アーロヌド・ゴーストポイズン・スーパーストロング博士は魔術学のあらゆる部門にその名をとどろかせる権威であり、常に3/4ほど気が狂っていた。

 彼の住居は白亜の都ククリタニアの郊外にあり、その外観はまるで湖に浮かぶ美しい城のようだったが、その土地は本来わずか50平米ぐらいしかなく、そのような建築物は法則に違反しているようにしか見えないのであった。すなわち、先端に華美な細工のされた鉄柵が囲い込んでいる博士の邸宅を門から覗き込むと、パースの狂いきった庭を蛇行しながらククリタニアらしい白亜の石畳が続いており、その先に【それはちょっと無理がある】といった感じで引き延ばされた巨大な湖があり、その中央に城が建っているのである。周囲は雑木林だというのに。


 彼がこの邸宅に暮らし始めたのはかなり若い頃だった。

「アーロン、あなたはどうして一人で税金を納めることもできないの?」

 彼の恋人はそう言って、まだ一介の魔術師でしかなかった博士をフッた。

 魔術師はひどく傷心し、落ち込んだ末にその感情を怒りに転化することにした。そして腹いせとして、彼女が父親――要するに当時のシープリェド領主、現在で言うなら国王――から賜った住居、つまり城を丸ごと盗んだのだった。

 元恋人は怒り狂い、すぐに彼の掘ったて小屋しかなかったはずの雑木林に囲まれた空き地を特定し、そこに派兵して無理くり収められた城を包囲したが、当時の騎士団長が博士に伝えた内容は衝撃的なものだった。

「ククリタニアの永遠大学で博士号を取り、派遣顧問として勇士兵団に同行してほしい。城はその報酬として差し上げる」

 それは元恋人の父親が直筆した手紙であった。実は、領主はけっこうベンチャー気質であり、このいかれた魔術師をそれなりに評価していたのだ。

 魔術師は当時からほぼ狂っていたが、彼の狂気は理性に根差しているため、普通に自分のやったことが子供っぽい癇癪であることを理解しており、なんならもともと城に住んでいたいろんな人たちを追い出したことについてはちょっと罪悪感があった。なので、彼は「うん……」とやや曖昧めにそれを承諾した。

 こうして魔術師は博士と呼ばれるようになり、勇士兵団の派遣顧問として数多くの歴史的事象に立ち会い、それをこねたり、揉んだり、結んだり、ほどいたりした(主に在宅ワークで)。ちなみに元恋人はマジギレした結果、神秘を全て捨てて巫女職から戦士に転職し、最終的に騎士団に改革を起こして現在のとおりの世界最強の戦闘集団としてのシープリェド永遠騎士団を興す結果となった。領主の独り勝ちであった。


 任期を終え、稀に学会に顔を出す程度の一介の魔術学博士となっても、アーロヌド・ゴーストポイズン・スーパーストロングの威光と悪名が果てまで轟き続けているのは、今日までの時勢の通りである。

 ただし、彼はこういった一連の経験から、狂気にも左右されがたい、ひとつの信念を抱くようになっていた――


「女というのは生意気でならん! あれらは必ず、常に支配されていなければならないのだ!」


 そして、現象の支配というのは、彼の魔術においては基礎中の基礎であったのだ。


 

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