6-6
休み明けの月曜日に部活新設の再申請をした、その翌日。
細川は放課後に奈保と和美に連れ添って、再申請の結果を聞くために生徒会室に赴いた。
成績証明書のおかげで実績アリと見なされ認可となるはずだったが、生徒会の反応は芳しいものではなかった。
「どうも事情が変わってね。今すぐに認可というわけにはいかないんだ」
呉本がメモリースポーツ部の三人へ気の毒そうに告げた。
部の代表として奈保が眉を顰めて訊き返す。
「事情が変わったってなんですか。ちゃんと実績が残せることを証明しました。私たちが認可の条件を満たしたら、逃げようって言うんですか?」
「逃げるとはとんでもない。君たち三人の部活申請の件は生徒会の権限でどうにかなる範疇じゃなくなってるんだよ」
「どういうことです。認可の条件を出したのは生徒会ですよね?」
「まあね。実績を残したら認可してもいいかなって私は考えてたんだよ。でも部活を新設するには生徒会の認可だけじゃ足りなくて、生徒会の次に教員方の承認も必要なんだ」
「そんな話、聞いてないんですけど」
「生徒会が承認した事はだいたい生徒達の意思を尊重して承認してくれるからね。でも君たちの部活認可の申請に限っては保留という答えが返ってきた」
「……どうしてです?」
むしゃくしゃした気持ちを努めて抑えながら奈保が事の詳細を尋ねた。
呉本は奈保の憤懣をしっかりと受け止めつつ、刺激しないように穏やかな口調で答える。
「細川君の記録に関して偽造ではないか、と疑う教員がいるんだ」
「はあ?」
奈保の目が剣呑に細まる。
呉本は慌てて苦笑いを浮かべた。
「平田さんと土屋さんの公式大会での記録は調べがついたけど、細川君は記録が残っていなかった。教員側はそこが怪しいと睨んだらしい。もちろん私は君たちを疑ってないよ」
大会に飛び入り参加だった細川は公式な出場者とは見なされておらず、あくまで青森の厚意で参加させてもらったに過ぎなかった。
そのため成績証明書は貰ったが、教員達は紙切れ同然の扱いをして信用していない。
「怪しいところなんてないのに。ったく面倒ね」
舌打ちしたい気分で奈保は毒づいた。
呉本が真面目な顔つきで言う。
「偽造でないことを証明するために僕と教員の前で実践してみせてよ」
「そんな軽々しく……」
「細川幸也くん。やるかやらないかは、あなたが決めてください」
反論しようとした奈保の言葉を遮って呉本は細川に真っすぐ眼差しを向けた。
奈保が懸念ある表情で細川を振り返る。
「細川君。どうする、やる?」
奈保の心配を細川は理解できた。
成績証明書の記録さえ五回中一回の成功したタイムを載せただけなのだ。
成功率が低く、さらには呉本の前で失敗すれば部活の認可は確実に後に延びてしまう。
分の悪い挑戦なのは明らか。
けれど細川には、奈保と和美の望みを叶えるためには挑戦する選択が最良に思えた。
「俺、やるよ」
「そう。ありがと細川君」
細川の決意に奈保は頼りがいを感じた顔で礼を言った。
呉本が細川に尋ねる。
「証明書の記録に近い結果が出なくても、チャンスは一回しかくれないと思う。それでもいい?」
「大丈夫です」
「じゃあ、職員室に行こうか」
呉本が促すと、細川だけでなく奈保と和美も緊張の面持ちで頷いた。
生徒会室を後にして四人で職員室に向かう。
職員室に着くと、呉本が近くにいた教員に清永という校内の部活を統括している教員に話があると用件を伝えた。
しばらくして職員室の隅の方から、野武士のように胸板の厚いガタイの優れた男性教諭が呉本のもとへ歩み寄ってきた。
呉本の後ろに曰く付きの三人が立っているのを見て、思い切り顔を顰める。
「何の用だ、呉本。珍しい生徒を連れているが?」
「この前お話しした。部活申請の件です。こちらの三人が新しく部活を作りたいと希望しており、申請書と成績証明書を提出されたのを覚えてますよね?」
「あ、ああ。あれか。なんぞよく分からんトランプのスポーツのやつか」
「ええ、メモリースポーツ部です」
「それで部活申請したいらしいな?」
要件をまとめるように言って、清永の視線が呉本から奈保と和美に移る。
「申請書を見た時から思っとったが、この組み合わせ大丈夫かいな?」
清永の考えていることが推測できたのだろう、奈保と和美は剣呑に目を細めて清永を睨み返した。
「何ですか。何か言いたいんですか?」「あん、大丈夫ってどういう意味だ?」
「二人とも目が怖いよ」
細川が奈保と和美を宥めて、自身も怯えたように肩を震わせた。
清永は細川の方を見て不思議そうに問いかける。
「しかし、細、ええと、森川はどうして二人と知り合ったんだ?」
「細まで言いかけたのに。森川じゃありません、細川です先生」
泣きたいような気持で訂正する。
「そうか。ごめんな細川か。平田と土屋とどうして知り合ったんだ。お前は取り立て
て問題のない生徒だったはずだが」
「部活に所属してなかったから誘われただけです」
「ふむ。そうか」
清永は細川の答えから何事かを憶測しようとするように相槌を打った。
間を置いて着想を口にする。
「目をつけられたって訳だな?」
「え?」
「平田と土屋が目的を達するために、細川を言いなりにしてるんだろ?」
細川に訊く口ぶりながら、奈保と和美を糾弾する目で見た。
いやいや、と細川が慌てて口を挟む。
「平田さんと土屋さんは何も悪くないです。自分の意志で一緒に行動してるんです」
「ふーん。まあ、信じとくわ」
疑心は消えないという顔つきで一応ながら清永は納得した。
呉本が機を見て話題を戻す。
「平田さんと土屋さんの問題は置いておいて、今は細川さんの記録の信憑性について話し合いましょう」
「信憑性だぁ? 公式大会に名前が載ってないんだから信じるわけにはいかんだろ」
「そうですよね」
呉本は首肯し、三人を振り返った。
後は自分たちで話して、という意味だと三人は受け取り、奈保が部を代表して清永に提案する。
「清永先生。お願いがあります」
「なんだ平田。随分殊勝な呼び方してくれるじゃねーか」
「記録の証明をさせてください」
「言い訳なら聞かんぞ?」
「必要ないです。ただ先生には細川君が実際にやるところを見てほしいんです。そうすれば成績証明書が偽造でないことは証明できますから」
「威勢がいいな」
「部の創設のためですから」
ふん、と清永は鼻を鳴らした。
決闘の申し出でもされたみたいに不敵に口の端を歪める。
「その話、乗ってやろう。ただし証明できなければ申請は不認可にして、先生に逆らったとして反省文だ」
「わかりました」
清永の出した条件に奈保は躊躇なく頷いた。
和美が細川を不安そうに横目に見る。
「幸也、いいのか。あたしと奈保のために幸也まで反省文書くことになっちまうぞ」
「ああ。これでいい、臨むところだ」
細川は和美の気遣いなど意に介していない。
闘争心を剥き出しにして清永の目を見返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます