6-4

 昼休憩を挟んで午後の計測が始まった。


 AグループとBグループともに四回目の計測まで進んだが、細川は一度も五十二枚ミス無しで成功できていなかった。

 和美と奈保が自身の持つ最速記録を更新しているだけに、細川は背負った荷の重さに転倒してしまうような不甲斐なさを感じていた。


「Aグループ五回目の計測始めます」


 青森が参加者たちに支度を促した。

 細川は待機スペースから二組のトランプとタイマーを持って、否が応でも計測を行う席に向かう。


「細川君」


 ふいに背後から奈保が声をかけた。

 焦慮に陥っていた細川が我に返ったように振り向くと、奈保が期待を込めた目で細川を見つめていた。


「なに、平田さん?」

「無理に一分以内を目指さなくてもいいよ」

「え?」


 激励でもしてくれるのか思っていた細川は、奈保の慰めるような言葉が意外だった。

 しかし奈保の目は真剣そのものである。


「全力でやった結果が一分以内ならいいだけで、何も一分以内を狙う必要はないよ」

「でも、部活の創設が懸かってるわけだから」

「部活は二の次。何よりも細川君がメモリースポーツを好きになってくれるのが一番」

「ありがとう。でも」


 緊張しないように優しい言葉を掛けてくれているのは、わかっている。

 けれども、緊張なくして良い結果などあり得ない、と細川は人生の経験上知っている。


「俺は一分以内を狙うよ。最高の結果を出したいから」

「どうして、そこまで結果を求めるの?」


 奈保には細川の意思が理解できなかった。

 疑問の目で自分を見る奈保に細川が返す。


「ジャンルは違えど俺は大舞台を経験してる。無名プレイヤーの多い地区のショップ大会が最もミスが多かった。油断が一番ミスが生まれる、ある程度の緊張は自分を冷静にさせてくれる」

「細川君。凄いね」


 奈保は純粋に感心した。

 細川君が自分よりも一段も二段も優れていて、緊張さえも力に変えてしまえる選手だと認識を新たにする。


「じゃあ頑張って。私も記録更新狙うから」

「ああ。任せろ」


 これ以上の会話は必要なかった。

 互いに心の中で健闘を祈る。

 奈保は細川に背を向けて自身の席に向かった。

 しばらくして青森がAグループの準備が整ったことを確認する。


「それでは、計測開始」

 開始の一言が発されると同時に、細川の意識は没入した。

 ――――――。

 ――――。

 ――。

 ルートは校舎。スタート地点は昇降口。

 細川の集中は最高潮に達した。



 五回目の計測が終わって形ばかりの閉会式が行われ、参加者にチープな成績証明書が手渡されると、大会はお開きとなり参加者は三々五々帰途に就いた。



「無事に幸也の目標が達成できたな」




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