5-1
ショッピングモールに出掛けた日から一週間後の今日。
細川は奈保に連れられて住宅街にある一般的な形容詞が似合う一軒家を訪れていた。
「平田さん。ほんとにいいのかな?」
『土屋』の表札の横にあるインターホンの前で細川が奈保に良否を尋ねた。
奈保はインターホンのボタンに指を触れたまま振り向き、何を今更といううんざり顔になる。
「和美が勧めてくれたんだから遠慮する必要ないわよ。遠慮するぐらいなら私たちを家に招かないわよ」
現在、細川と奈保は和美の自宅の前にいる。
邪魔が入らなくて一日中細川君が練習できるところ、という奈保の要望に、日曜日に両親が外出して一日中いないことを理由に和美が自宅に招待したのだ。
トランプ記憶で目標の記録に到達できていない細川は一層練習の必要性を感じてはいたが、まさか人生初の同学年の女子生徒の家に伺うことになるとは夢想だにしていなかった。
「別に緊張するような家でもないわよ。ごくごく普通の一軒家だもの」
平然として言う。
家がどうこうじゃないんだけどな。細川は的外れな奈保の言葉に苦笑いしたくなった。
奈保がインターホンを鳴らすと、しばらくして内側からドアが開けられた。
「来たか。奈保、幸也」
細川の見慣れないねずみ色の全身スウェット姿の和美が、見慣れた陽気な笑顔を浮かべてドアから姿を覗かせた。
ドアから手を離し、顎先を振るようにして宅内へ誘う。
「ぼっと突っ立ってないで上がれよ」
「そうね。お邪魔するわ」
和美の誘いに奈保はそう返し、当たり前のように玄関を抜けて靴脱ぎでショートブーツを脱ぎ始めた。
細川が逡巡して奈保の様子を見つめていると、和美が不思議そうに声をかける。
「どうした幸也。人様の家に上がっちゃマズいのか?」
「え、いや。そんなことはないけど」
「そんなことはないけど、なんだよ?」
「緊張してるのよ細川君。和美の家に上がるの初めてだろうから」
奈保が代わりに答えた。
奈保の言葉を聞き、和美が朗らかに表情を緩める。
「緊張することないぞ幸也、あたしと幸也はダチなんだから気楽にしてていい」
「気楽って言われても難しいよ。い、一応女子の家だから」
照れながら弁解がましく訴え出る。
女子のワードに和美が驚いたように目を開いた。
「幸也があたしのことを異性として考えてるとは、意外だな」
「考えてるわけじゃないけど。あっでもこんな言い方は失礼か?」
「いや気にすんな。あたしだって世間的に言えば女子に入るわけだし、異性として見られてもおかしいことないな」
「細川君が和美を襲おうと思っても返り討ちに遭うだけだから、友人として心配はいらないけどね」
奈保の冗談っぽい一言に和美が笑い声を立てた。
細川は強姦する気などなかったが、和美が元は不良グループのリーダーであることを思い出し背筋が冷えた。
「和美。早く部屋行きましょ」
奈保が勝手知ったる様子で住人を差し置き階段に足をかけた。
促された和美は唐突に細川の腕を掴む。
「部屋に案内してやる。着いてこい」
そう言って細川を腕ごと引っ張り、先に二階へ上がっていった奈保を追いかける。
細川は引っ張られるまま上階へ昇り、突き当りの和美の部屋にまで連行された。
和美の部屋は際立つような調度がなく簡素だが、女性的で甘やかな芳香が漂っていて細川の鼻をドキリと刺激した。
和美が部屋中央の丸いローテーブルを指さす。
「トランプ扱うときはそこのテーブル使ってくれ」
「おっけ、和美」
「わかったよ土屋さん」
「飲み物と菓子持ってくるから、二人で先に始めてていいぞ」
和美は告げて二人を残して部屋の外へ踵を返した。
奈保と細川が対面の形でテーブルに就くと、細川のトランプ記憶一分を目指しての猛特訓がスタートした。
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