4-5

 和美の買い物の後、奈保は遅れを取り戻すかのように細川の指導を推し進め、午後五時を過ぎてようやく予定していた指導行程が終了した。

 街中が徐々に暮色に染まっていく中、三人はショッピングモールを後にして帰り道を共にしていた。


「奈保。一日に詰め込み過ぎだぜ」


 和美が愚痴りながら、細長く切ったジャガイモを揚げたスティック菓子の容器を隣

の奈保に差し出す。


「これくらいじゃないと、間に合わないもの」


 奈保が弁明して、容器から一本手に取り口に運んだ。

 カリッという耳障りの良い音を立て、思案をまとめるように目線を斜め上に投げる。

和美が後ろを歩く細川を振り向く。


「疲れたろ幸也」


 労いの言葉をかけてスティック菓子の一本を細川に向ける。

 スティック菓子を取っていいのか迷う細川に目顔で促した。


「じゃ、いただくよ」


 一応の断りを入れてから細川はスティック菓子を摘まみ、口に持っていって半ばあたりで噛み切った。

 淡いサラダ風味を舌に感じている細川に、和美が穏やかに問いかける。


「結構な急ピッチだったけど、新しいルートは覚えられたか?」

「覚えてる。ばっちりだよ」

「おー、心強いな」

「和美。あんまり細川君を甘やかさないで、まだ新しいルートは使えるまで定着してないんだから」


 奈保が厳しい物言いを挟んだ。

 そんなのわかってる、と和美は少し子供っぽく返し、スティック菓子を三本まとめて口に入れる。

 一本の時の三倍で口内に味が広がり、和美の頬が緩む。


「やっぱ三本になると味濃いなぁ」

「細川君」


 和美の幸福そうな声は意に介さずに、奈保が顔を捻って細川に言う。


「新しく紹介したルートだけど、帰ってからも復習して定着させておいてね」

「ルートを巡るイメージをするだけでいいの?」

「実際に新しいルートでトランプ記憶の記憶段階に挑戦してみてくれるとありがたいな。新しいルートでもイメージを結び付けていく感覚を慣らしてほしいから」

「わかった。帰ったら練習しておくよ」


 奈保の指図めいた所望を、細川は素直に了解した。

 傍からすれば奈保の言いなりに思える細川を、和美が心配の顔で見る。


「幸也。奈保の言うことが絶対ってわけじゃないんだぞ。一日中あたし達に付き合った後にも自宅でトレーニングなんて、そこまで無理しなくていいんだぜ」

「無理とは思ってないよ。疲れたことは疲れたけど、俺としても新しいルートを扱い慣れたいから練習する」

「そうか」


 納得したつぶやきを漏らし、細川を見る目を気掛かりそうに細める。


「頑張り過ぎて体調崩さないようにな」

「うん。無理はしないようにするよ」

「和美の優しさに甘えて練習をサボらないようにね細川君。月曜日に新しいルートで記録を測定するから覚えてといて」


 流れかけた緩い空気に奈保がちくりと釘を刺す。

 細川は表情を引き締め、了解の意味で頷いた。


「幸也も三本食いしてみるか?」


 話題を替えようとするように和美がスティック菓子を容器ごと細川に差し出した。


「三本食いか。やらせてくれ」 

 細川は前向きな興味で快諾し、容器から三本手に取った。

 口に入れて噛み砕く。

 サラダ風味が三倍増しで味蕾に広がる。


「おおっ、味濃い」

「だろ」

「和美と細川君だけ三本食いはズルいよ。私もする」


 奈保は駄々をこねるように言うと、容器に手を伸ばして三本取り口に運んだ。

 あからさまに表情が綻ぶ。


「うまっ、味濃い」


 お菓子の味を共有し、穏やかに進んでいく三人の時間。

 夕暮れが一日の終わりを知らしめ、同時に公式大会が近づいていることを実感させた。


 けれどもこの時間だけは、三人とも競技のことを忘れて思い出の味を共有した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る