4-3

 新しいルートを作るという提案が出た翌日。

 

 細川は待ち合わせ場所となった駅前広場の看板前で、思ったより人の多い駅前を眺めて圧倒されていた。

駅自体の利用は何度かある細川だが駅前の広場で留まったことがなく、駅前の人の流れをつぶさに見たのは初めてなのだ。


「よお、幸也」


 人の往来に気を取られている細川に軽々しさ全開の声がかけられた。

 細川が声の方を向くと、モスグリーンのフード付きパーカーにジーンズパンツ、さらには白地に赤ラインのスニーカーを履いたストリートファッションの和美が陽気な笑顔で立っていた。


「ああ土屋さん」

「今日はいい日和だぜ」

「そうだね」


 日和を話題に出されてどう返せばいいかわからず、細川は合いの手をだけを返した。

 和美が細川の全身を改めて眺め、気のいい笑みを見せる。


「幸也。その服似合ってんな」

「そう?」


 細川の格好は白Tシャツの上にチェック柄のシャツを羽織り、ボトムスは黒のデニムで装っている。

 妹の美菜が選定して細川に着用させた出で立ちだが極道の要素は感じ取れない。


「ファッションセンス案外悪くないんだな」

「……一応、美菜に太鼓判は押してもらえたからね」


 妹がほとんど選んでくれた、という事実を脚色して答えた。

 和美が全身を見せつけるように両腕を広げる。


「あたしはどうだ?」

「いいと思う」


 土屋さんの服装を品評する資格は俺にはない、と細川は考えわざと抽象的に褒めた。

 自信ない細川の返答でも、和美は嬉しそうに破顔する。


「そうだろ。いいだろ。外出するときぐらい格好いいパーカー着たいよな」

「土屋さん。パーカー好きなの?」

「いや、パーカーが好きってわけじゃねえよ。このファッションスタイルが格好いいなと思ってるからパーカー着てるだけだ」

「ねえ?」

「出掛ける時はいつもそういう服装なの?」

「時と場所にも寄るけど、好きな服選べる時は大体このスタイルだな」

「ねえ、聞こえてる?」

「それで土屋さん。ルートを作るって聞いたけど、どこに行くの?」

「それは奈保から……」

「その奈保はここにいるわよ!」


 細川と和美の傍で突然の怒声が響いた。

 ギョッとして細川と和美が振り向くと、ウエスト部分を革色のベルトで絞めた薄紫のワンピースで身を包んだ奈保が、腕を組み眦を吊り上げて立っていた。

 細川が申し訳なさそうに詫びる。


「ごめん平田さん。気が付かなくて」

「こんな近くにいるのに?」

「落ち着け奈保」


 異論を挟もうとする奈保を、和美が宥めにかかった。


「奈保の存在感が薄かったんだ。幸也が気付かないのも仕方がないと思わないか」

「和美? 私を怒らせたいの?」

「いや。でも小学校の時にクラスメイトに登校してるのに気付かれないことが、よくあっただろ?」


 悪気のない暴露話に、奈保は痛ましげに口元を歪めた。


「ホントのことだけど言わなくてもじゃん。傷つくわよ」

「ごめんごめん奈保。幸也と話し込んでたから、ついな」


 言い訳のように言って和美が奈保に謝る。

 奈保は恨みがましい目で幼馴染を睨みつつも、やがて気が落ち着いたのか表情に真面目さを戻して細川に向いた。


「細川君。和美から行き先聞いてる?」

「いや。聞いてないけど」

「そう。じゃあ教えてあげる」


 言って、自身の背後にある建物群の方向を指さす。

 指先を目で追うと、際立って広く巨大な複合商業施設が鎮座していた。


「ショッピングモールよ」


 奈保が意気揚々として告げた。



 奈保を筆頭にした三人は、駅前広場から歩いて数分のショッピングモールに入った。

 人々が行き交う吹き抜け一階のエントランスホールで、奈保は細川を正面に向き合って講釈を垂れる。


「シッピングモールはとってもルートを作りやすいの。第一土地は広いし、目につく場所が多い」

「広すぎてどこをルートにすればいいか、見当つかないよ」

「どこでもいいのよ。ショッピングモールでのルート作りは自由性が高いから。けど細川君はまだルート作りに慣れてないから、今日は私が使ってるルートを覚えてもらうだけにするわ」

「あ、そうなんだ。じゃあお願いするよ」

「任せておきなさい」


 奈保は慎ましやかな胸を張って請け合った。

 早速ルート作りを始めようと奈保が歩き出し、細川が後に付いていこうとした時、和美が細川の背中をつついた。


「おい幸也」

「え。何、土屋さん?」


 細川が振り返ると、和美は答えを期待するような笑顔で訊く。


「たこ焼き好きか?」

「たこ焼き。好きって程ではないけど美味しいよね」

「そっか。そこで待ってろ」


 告げて、和美はフードコートの方へ駆けだしていった。

 数分して和美が笹船の形をした容器を二つ手にして戻ってきた。容器の一つを細川に差し出す。中には出来立てで温かいたこ焼きが五つ納まっている。


「これ、幸也の分」


 細川は咄嗟に容器を片手で受け取るが、すぐに代金の事に思い至る。

 ボディバッグに空いた手を伸ばす。


「お金、払わないと」

「金は後でいいぜ。今渡されても手が空いてねえし。あっう」


 即時の金銭の受け渡しを断り、和美は爪楊枝をたこ焼きに刺して口に運んだ。

 たこ焼きの中身が熱く、細川の視線から口の中を隠すように爪楊枝を持っている手を口に翳しながら、ハフハフと熱を吐き出す。


「熱そうだけど、大丈夫?」

「は、はいほうふ」ごくん。「出来立てだから熱いのは承知の上だ」


 爪楊枝で細川のたこ焼きの容器を指し示す。


「幸也も温かいうちに食べろよ」

「そうだね。いただくよ」


 細川が容器の端に立てかけてある爪楊枝を手にし、たこ焼きに刺そう――


「たこ焼き食ってる場合じゃないでしょ」


 としたところで、背後から奈保の叱責が飛んだ。


「ルート作りのために来たのよ。まずは目的を済ますわよ」

「あっ、そうだよね。ごめん」


 細川が謝ると、奈保は苛立ちの視線を和美に移す。


「和美」

「なんだよ奈保?」


 不服そうに和美が視線を返す。そしてすぐにたこ焼きを頬張る。

 口の中でたこ焼きを咀嚼する和美と対す奈保の目に、段々と物欲しげな色が宿った。


「そもそも、ね。どうして二人分しか買ってこないのよ」

「なんだ? 奈保も食べたくなったか?」

「……別に、食べたくなったってことはないけど」

「食べるか?」


 和美が爪楊枝と残りのたこ焼きを容器ごと奈保に向ける。

 一瞬だけ逡巡のような間がありながらも、仕方ないと言いたげな顔で奈保は容器と爪楊枝を受け取った。


「貰えるものは貰っておかないとね。それに朝あんまり食べてきてないから」


 和美から視線を逸らして、最もらしい理由を言ってたこ焼きを口に入れる。

 細川と和美には言い訳にしか聞こえなかった。

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