4-2

 そうして数日が経過した金曜日の放課後。


 細川は図書室でのいつもの席に着座し、手の中で束になったトランプを捲り確認し終えた。

 自身の記憶とトランプの順列に手ごたえを実感して、ピリオドを打つようにトランプをテーブルに置いた。


「答え合わせしていいか。幸也?」


 細川の左斜め後ろで細川のタイム計測の進行をしている和美が訊く。


「いいよ」

「じゃあ。回答用のトランプ持ってくれ」


 和美に言われた通り細川は回答用の先ほど並べ終えたばかりのトランプを手に取った。

 一方の和美は細川の横側に回り、スタックタイマーの前に置かれた記憶用のトランプを掴む。

 和美と細川は同時にトランプを捲り始め、一枚ずつ見ながらテーブルに落として積み上げていく。

 五十二枚全てが積みあがると、細川はほっと胸を撫でおろす。

 和美がタイマーを覗いた。


 3分47秒22。


「おー、なかなかに。ミスなしで三分台か」


 タイマーに表示された記録に、和美が感嘆の声を上げる。

 細川も満足げな顔でタイマーを見つめた。


「タイマーを止めた後のリコールで五十二枚はっきり思い出せたから、今回が上手く記憶できたみたい」


 リコールとは、五十二枚見終わった後に行う脳内だけでの確認作業である。このリコールの時点で思い出せないイメージは、その後の回答でも復元することが困難だ。


「どうだった細川君」


 テーブルの端から奈保が声をかけた。

 奈保は自身もトランプ記憶に挑戦し、たった今答え合わせが終わったところだった。


「奈保。幸也は三分台だったぜ」

 和美が何故か自慢げに答えた。

 ほお、と奈保が感心の目で細川を見据える。


「この一週間で三分代を出せるようになったんだ。成長が早いね」

「……俺の成長が早いというか、平田さんや土屋さんの指導のおかげだよ」


 身に余る賛辞に細川は面映ゆい気持ちで謙遜した。

 実際ここ一週間の細川のトレーニング内容は、奈保と和美二人が協力して考え出したものだった。

 とはいえ、指導を聞き入れてトレーニングを実行したのは細川自身であるが。


「目標の一分以内の記録が少しずつ近づいてきてるな」


 和美が実感の伴った声で呟いた。

 裏腹に奈保は和美の声に眉を曇らせる。


「でも和美。本当に難しいのはここからだよ」

「後ろ向きなこと言うなよ奈保。今は細川の成長を喜ぼうぜ」

「今はいいけど。また明日からは新しく……」

「明日は土曜日だぞ奈保」

「あっ、そうだね。土曜日だからお休みだね」


 和美の指摘に奈保は照れ笑いする。


「奈保は休日まで細川を学校に来させる気かよ」

「そうだよね。新しく場所を作ってもらおうかと……」


 気落ちそうになって、ふと言葉を止めた。

 それから思案するように眉を寄せ、やがて妙案が浮かんだように意味ありげな笑みを口元に表した。

 表情を幾度も変化させた奈保を和美は不思議そうに見つめる。


「どうしたんだよ奈保。突然ニッコリしてよ」

「新しい場所作るのは別に学校じゃなくてもいいよね。ねえ細川君、明日って空いてる?」


 不意に奈保から笑顔で水を向けられ、トランプを漫然と弄っていた細川がどきりと振り向く。

 意図が読めないと嘆く顔つきで奈保を見返す。


「え。明日?」

「うん。土曜日だけど暇かな?」

「まあ、おそらく」

「じゃあ、新しいルートを作りに行こうよ」

「ルートはもう作ってあるけど?」

「大会ではトランプ記憶を五回まで挑戦できるんだけど、同じルートばかり使ってると前回覚えたイメージが邪魔することがあるの。けど違うルートを使うことで、場所にイメージが薄い状態で記憶できるのよ」

「……イマイチ感覚がわからないけど、とにかく新しいルートは作った方がいいってことだね」

「そう。だから明日ルートを作りに行こう」


 満面の笑みで細川を誘った。

 是非是非、という顔の奈保に細川は理由もなく断る気が引けた。

 大会のためっていうなら誘いを受けた方が賢明なんだろうな、とも考えながら返答をする。


「わかった。新しいルートを作った方がいいなら平田さんの案に乗るよ」

「ありがとう細川君」


 奈保は満面を笑顔にして礼を言った。


「なあ奈保?」


 明日の予定が決まった途端に、和美が不安げに奈保に話しかけた。

 何。和美? と奈保が顔を向けると、和美は遠慮がちに尋ねる。


「あたしも細川のルート作りに付き合っていいか?」

「和美も一緒に決まってるじゃない、細川君に教えてあげる側なんだから」

「そうだよな。あたしも講師の一人だもんな」


 安堵の表情で自身に言い聞かせる声を出し、うんうんと頷いた。


「それで奈保。行き先は決めてあるのか?」

「もちろん。あそこよ」

「やっぱりか。ルートを作るのには、ばっちりだな」


 互いをよく知り合った奈保と和美が、具体的な名称なしに楽しげに談笑する。

 行き先を訊いちゃマズいかな、と細川は女子二人の会話を傍で聞きながら、仲間外れの感を否めなかった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る