3-4
夕日が街並みに沈みかけた時頃。
少年少女が帰宅して賑やかさの無くなった公園のガゼポには、細川と美菜と和美の三人だけが残った。
「そうだったんすか。アニキはカズミちゃんにフラれたわけじゃないんすか」
細川から事情を聞いた美菜が拍子抜けの顔で合点した。
「アニキが家族以外の異性と喋るの初めて見たっすから、もしやと思ったんすけど。アニキの春はまだ遠かったみたいっすね」
「いくら俺でも喋ったぐらいで異性を好きにはならないよ」
「そんなんで好きになられたら、あたしの方も困るぜ。ダチなんて作れやしねぇ」
美菜の言葉に細川が否定し、和美が同感するように言った。
「でもダチっすか」
美菜が呟き、隣に座る和美を慕う目で見上げる。
「カズミちゃんはアニキのダチになってくれるんすか。妹として感謝してもしきれないっす」
「感謝されることでもねぇよ。あたしが一方的にダチって呼んでるだけだ」
和美は遠慮気味に言って、幸也はどうなんだという横目を細川に向けた。
ダチだって宣言するの恥ずかしいな、と思いながらも細川は仕方なく返す。
「まあ俺も、ダチだと思う、ことにする」
「奈保以外のダチは久しぶりだ。仲良くしようぜ幸也」
ヤンチャっぽく口の両端を引っ張って笑った。
細川は返事に困り、小さく会釈する。
高校生二人の会話を間に挟まって聞いていた美菜が、和美に向かって小首を傾げた。
「カズミちゃん。奈保って誰っすか?」
「奈保か。奈保はあたしの幼馴染で最高のダチだ」
決まり決まった文句のように答えた。
楽しい推測したのか美菜が頬を綻ばせる。
「カズミちゃんのダチなら絶対に良い人っす」
「あたしよりも良い人だぜ。でも目標のために手一杯で公園に来ている余裕はないな」
「そうっすか。昔のアニキみたいに目標があって忙しいんすね」
「美菜ちゃん。昔って幸也がカードゲームで全国大会出てた頃のことか?」
「知ってるんすかカズミちゃん?」
訊かれた美菜の方が驚く。
土屋さんなんでその事を、と細川も目を丸くした。
驚かれる理由がわからない、という顔で和美が言う。
「奈保から聞いたんだよ。それ以外考えられるか?」
「あー、なるほど。そうだよね仲良いもんね」
目的を同じにしていれば情報共有されてるのも当然かと細川は納得する。
「細川君はきっとハマってさえくれれば凄く上達する気がする。地力がないと三年連続で全国三位なんて獲れるはずがないもの、って奈保は幸也のことを評価してたぜ」
「カズミちゃんのダチは、アニキの事をちゃんと見抜いてるっすね」
美菜が先輩面で嬉しそうに言った。
言葉を追うようにクゥーとお腹が鳴り、照れたように苦笑いする。
「腹減ったっす」
妹の空腹宣言を聞き、細川が公園の隅に立つ柱時計に目を遣る。
午後五時半を少し過ぎた時刻を差していた。
「母さんが夕飯の準備してる頃だな。帰るか美菜?」
妹に訊く。
美菜はこくんと頷いた。
「そうするっす。帰って準備を手伝うっす」
「幸也も帰るのか?」
兄妹の他愛ない会話に、和美が惜しそうに口を挟んだ。
細川は和美に向いて真顔で返す。
「美菜に頼まれて公園に来ただけだから、美菜が帰るなら用もないから」
「そうか。気をつけてな」
「カズミちゃん。バイバイっす」
「それじゃあ土屋さん」
和美に別れを告げて美菜と細川がベンチから立ち上がる。
兄妹がガゼポから日向に出かけた時、ちょっと待て幸也、と和美が細川の背中を呼び止めてベンチから腰を上げた。
細川が歩みを止めて振り返る。
「何、土屋さん?」
和美は気さくに微笑んだ。
「月曜日の放課後。図書室に来いよ」
「あ……」
放課後の図書室。先週に戻ることを選ばなかった場所。
和美と奈保が細川の帰りを待っていたであろう空間。
二人に悪いことをしてしまった気持ちとともに、あの空間で過ごした僅かな時間に微かに妙な親しさを感じる。
自分はもう二人と縁を切りたいと思っていないのかも、と細川は考えて、その考えがストンと腑に落ちた。
「アニキ。早く帰るっすよ」
先に公園の出入り口にいる美菜が待ちきれないという声で促した。
細川はせっつかれる思いで和美に言葉を返す。
「月曜日。図書室に行くよ」
「奈保と二人で待ってるからな」
和美は言って優しく頬を緩ませる。
しかし、細川は和美の表情の変化を見届けることなく背を向け、美菜の方へ駆け寄った。
美菜が近づいてくる兄に自慢するような笑顔を見せた。
「夕飯の予想は緑茶っす」
「予想ならせめて副菜にしようよ。緑茶ってそれ飲み物じゃんか」
細川のツッコミが公園に響いた。
和美が細川兄妹の姿を眺めながら小さな笑い声を漏らしていたことを、兄妹は知らない。
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