3-1

 あくる日の土曜日。

 細川は妹の美菜に付き添って、昼食を終えたばかりの太陽が高い位置にある時分の公園に訪れた。くしくもその公園は細川が和美と初対面した場所でもあった。


「アニキ、あそこにいる男子っす」


 公園に入るなり美菜が中央のガゼポを指さす。

 そこには美菜と同じ歳ぐらいの数人の少年少女が集まり、昨日のテレビ番組について駄弁っていた。

 少女たちの方が公園に入ってきた美菜に気が付き、元気よく手を挙げる。


「みっちゃん。こっちこっち」

「今行くっす」


 美菜は少女に声を返すと、細川の方を振り向いた。


「さあアニキ。ドスの準備はいいっすか」

「そんな物騒な得物持ってねえよ。得物って言ったらそれこそ極道っぽくなっちゃうけども」

「冗談っす。冗談っす。さあ行くっすよアニキ」


 兄を促し、美菜は意気揚々と集団の方へ歩き出した。

 細川はあまり乗り気ではない顔で妹に着いていく。

 兄妹が近づくと、少年少女の集まりは気を引かれたように美菜へ笑顔を向けた。そして揃って細川に目線を移す。


「これが噂のアニキか」

「あんまり恐くなさそう」

「なんか弱そうじゃね」

「私、親戚の叔父さんみたいな龍の入れ墨が彫ってある人想像してた」

「みっちゃんいわく、『ゴッドウォーズ』は強いらしいよ」

「「「「へえええええ」」」」


 一人の少女の言葉に、他の少年少女が驚嘆の声を上げた。

 少年少女の会話の中に引っかかるものを覚えた細川が、美菜の耳に口を寄せる。


「なあ美菜?」

「なんすかアニキ?」

「一人だけ、物々しいこと口走ってる女の子いなかった?」

「そうっすか?」

「親戚の叔父さんみたいに龍の入れ墨が、どうとか」

「気のせいっすよ」


 朗らかな笑顔で美菜は言いきった。

 細川は背筋に寒気を感じながらも聞き間違いであることを祈り、それ以上の追及をやめて少年少女に視線を戻す。


「おい、細川のアニキ」


 男子の中から一人の野球帽を被った勝気そうな少年が一歩前に出てきた。

 俺は兄貴だけどアニキじゃない、と細川が意味不明な訂正を挟むのも意に介せず、野球帽の少年は威張った目で細川を睨む。


「アニキはたしか『ゴッドウォーズ』が強いらしいな」

「それなりには。というかアニキって呼ぶな。兄貴って呼んでいいのは妹の美菜だけだ……言ってること訳わかんないね、ごめんね」


 紛らわしいの域を超えた訂正をしてから、申し訳なくなって自ら謝った。

 なんだこいつ、という顰め面で少年はしばらく細川を見ていたが、本題を思い出したのか勝気な顔に戻った。

 ズボンのポケットに手を入れ、水色のデッキケースを取り出した。


「俺と『ゴッドウォーズ』で勝負しろ」

「そういう展開になると思って、用意はしておいた」


 細川はボディバッグを開き、中からクリアレッドのデッキケースを覗かせた。

 デッキケースを手にした少年と細川は、打ち合わせしたようにガゼボのテーブルに正対する位置に回る。

 山札を置いて、手札を備え、所定の場所に決まった枚数のカードを並べた。

 準備が整うと、少年が細川に挑戦的な目を真っすぐ向ける。


「先攻後攻、どっちだ?」

「俺も舐められたものだな」

「早く決めろ」

「そうだな、じゃあ後攻だ」


 細川は宣言して、不敵に笑った。

 毒気を抜かれたように少年が細川を見つめる。


『ゴッドウォーズ』では後攻の方が微不利と認識しているプレイヤーが多い。

「どうした。俺は後攻だぞ」


 開戦を促すように、細川が再び宣言した。

 少年は挑みかかる目つきになる。


「あとで吠え面かくなよ」


 少年から今すぐに対戦が始めたい気が窺えた。


「さあ、どうなるかな?」


 少年の言葉を冷静に受け流した細川だが、内心はすでに臨戦モードだ。

 少年が山札からカードを一枚引くと、対戦の火蓋が切って落とされた。



「これで終わりだ」

「くそぉぉぉ」


 少年が悔しげに呻きながらテーブルに腕をついた。

 勝負は決した。歴然たる差で細川の勝ちだ。

 細川はカードを片づけ始める。


「さあ、用も済んだし。帰ろうかな」


 わざとらしく声に出す。

 少年が弾けるように首を上げて細川に睨んだ。


「勝ち逃げするのか?」

「勝ち逃げじゃない、今日は帰るだけだ。高校生は忙しいんだぞ」


 世の理のごとく言いのける。

 他の少年少女から「大人げなーい」と非難の声が上がった。

 細川はばつの悪いしかめ面になる。


「……もう一回、やればいいのか?」

「そうだ。次はこっちが後攻だ」


 少年少女の気色を窺う細川に、先ほど細川に敗北した少年が意気込んで後攻を宣言する。

 細川はこれが最後、と自分に言い聞かせ、カードを対戦開始の状態にセットした。



「アタック」

「うわぁぁぁぁ」


 漫画ばりの呻き声で少年が手札を取り落とし、テーブル上にばら撒いた。

 勝負は決した。圧倒的な力量の差で細川が勝利した。

 細川はカードを片づけ始める。


「先攻後攻どっちもやったから。これで公平だな。さあ帰ろう」


 道理を押しつけるみたいに言う。

 少年が理不尽を訴える目で細川を見上げた。


「強いカードが引けなかったんだ」

「強いカードが引けなかったんじゃない。強いカードを引けるようにデッキを構築しないのが悪いんだ」


 自己責任論だとばかりに少年を責める。

 他の少年少女から「高校生が小学生をいじめてるー」と聞き捨てならない発言が飛び出した。

 細川は居たたまれない気分になり、妹の美菜に助けを乞う。


「なあ美菜。俺はどうすればいい?」

「諦めるまで戦い続けるしかないっす」

「無尽蔵の地球外生物を相手にしてるみたいだな」

「それだけアニキが強いってことっす。さすがアニキっす」


 妹に嬉しそうな笑顔で称えられ、細川は返す言葉を失くした。

 やるしかないか、と腹を括る思いで、一度片づけたカードを再戦できる状態に戻しながら少年に話しかける。


「なあ、お前。納得いってないだろ?」


 細川の問いに少年は細川を敵だと捉えた闘志の目をして、当たり前だと言いたげに頷いた。

 挑戦を受けて立つ気概で細川は訊く。


「先攻と後攻、どっちがいい?」

「先攻」

「よし、わかった」


 細川の了解を合図に、三度目の対戦が幕を開けた。



 三戦目も細川が勝利し、少年に乞われた四戦目も細川が勝利した。

 四度も負けが続くと諦めの悪かった少年もさすがに観念し、がっくりと項垂れてしまった。


「もう満足か?」


 少し疲れの滲んだ声で細川が問うと、少年はこっくりと頷いた。


「うん。細川のアニキには勝てねえよ」

「そうだな。今のお前では俺には勝てない」

「どうして勝てないんだ?」


 偉大な大人を見るように少年が急に子供じみた目で細川に訊いた。

 問いかけをある程度予測していた、というあまり驚きのない顔で細川が答える。


「デッキの構築に無駄と穴が多すぎるからだ」

「無駄と穴?」

「わからないか?」

「どういうこと?」

「教えるから、デッキをちょっと貸してみろ」


 言って、掌を出した。

 少年が頷いて、細川の掌に先ほどまで使用していたデッキを載せる。

 細川は受け取るなりデッキを扇形に広げて、端から端まで一枚ずつ流し見た。


「バランスが悪いな」

「そんなことないだろ。同じ属性しか入れてないのに」


 心外とばかりに少年が言い返した。

 細川は小さく首を振って否定する。


「属性じゃない。コストのバランス問題だ」

「コストのバランス。コストが大きすぎるってこと?」

「いや、コストが大きいのは性能も高いから妥当だ。コストの大きさではなく、そこまでの繋ぎが重要なんだ」

「繋ぎ?」

「コストが大きく強いカードまでに至る繋ぎ。序盤から中盤にかけて使えるカードが少ないんだ」

「でも、序盤に出てくるカードって弱いじゃん」

「確かに弱いな。でもカードにはそれぞれに役割があるんだよ」

「どう使うの?」

「後手に回らないために相手のカードを相殺したり、相手に処理を要求して優位を与えないようにする、それが序盤のカードの役割だ」

「へえ」


 細川の微に入り細を穿った説明に、少年が感心の声を出した。

 アニキ、アニキ、と美菜が細川に話しかける。

 少年への指導を細川は一旦やめて妹に意識を移す。


「どうした美菜?」

「アニキ、久しぶりに楽しそうっす」


 我が事のように嬉しそうに言った。

 細川は妹の言葉に『ゴッドウォーズ』の指導に熱が入っていた自分に気が付き、急に照れ臭くなる。


「た、楽しくねぇよ」

「そんなことないっす。『ゴッドウォーズ』の話をしてる時のアニキはすごく真剣っす」

「真剣というか、こいつが教えてくれって言うからだな……」


 照れ交じりに少年を指さして原因を転嫁しようとした時、一人の少女が何者かの気配を感じたのか公園の出入り口に首を向けた。

 その少女の顔にパアッと花開くような笑顔が弾ける。


「カズミちゃんだぁ」

「えっ、カズミちゃん?」

「カズミちゃん、来たのかよ?」


 喜びの声を上げた少女以外の少年少女も、サーカス団でも通りかかったように賑やかに公園の出入り口を振り向く。


「はあ?」


 少年少女の歓喜ぶりが気になり、細川も公園の出入り口の方に視線を投げた。

 公園の入り口からガゼボへ近づいてくる人物を目にして、驚きのあまり口が開く。


「今日はずいぶんと大きい奴が一人混じってんな」


 公園に入ってきた人物は肩から腕に白いラインのある紺のジャージに身を包んではいるが、背中で揺れる赤いポニーテールは間違いない。


「……土屋さん」

「よお、幸也」


 土屋和美が細川に向かって気さくに片手を挙げ、ガゼボの屋根の下に入ってくる。

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