2-8

 図書室に戻らず帰宅した細川は、奈保のことを思い出してしまうトランプ記憶のトレーニングを行わずに、自室のベットに寝転がってスマホで釣りの動画を視聴していた。

 そうして寛いでいる細川の耳に、ドアの外から軽い足音が聞こえる。


「アニキ。今、大丈夫っすか」

「美菜か。入っていいぞ」


 答えるなり、妹の美菜がドアを開けて足を踏み入れてきた。


「お邪魔するっす」

「入ってからいうんかい」

「アニキ。用があるっす」

「なんだ?」


 動画の再生を止めてベッドから起き上がり、妹に顔を向けた。


「アニキ。明日、暇っすか?」

「うん? まあ暇と言えば暇だな」

「なら、よかったっす」

「それで、明日何かあるのか?」


 細川が促され、美菜が用件を切り出す。


「明日の午後から一緒に公園に行くっす」

「公園か。暇だからいいよ」


 なんだそんなことか、と拍子抜けした気分で細川は承諾した。

 しかし、美菜の用件にはまだ続きがあった。


「例の特殊な花札を持って公園に行くっす」

「え、『ゴッドウォーズ』のカード? というか特殊な花札って言うな」

「そうっす、それっす『ゴッドウォーズ』っす」

「どうしてまた、美菜がカードゲームを?」

「クラスの男子が、「俺イチバーン」って吠えてたっすから、「うちのアニキの方が強いっす」って言ったら、「そのアニキ連れてこい」って喧嘩吹っ掛けてきたっす」

「お前な、もう俺は足洗ったんだぞ……じゃなくて引退したんだぞ」

「アニキの恐さを思い知らせるチャンスっすよ」

「あのな美菜」


 細川は言って聞かせる口調で妹を諭す。


「俺が最後に大会出たのは二年前だ。『ゴッドウォーズ』は俺がやってたときとは環境が変わってる。だから俺の持ってるカードなんて通用しないよ」

「そんなことないっす」


 美菜は下唇を突き出してムクれた。


「所詮相手はシロウトっす。アニキからしたらただの三下っす」

「カードゲーム界の三下って何?」

「アニキなら勝てるっす。美菜が保証するっす」


 請け合いつつも懇願する目で美菜が細川を見つめた。

 信じてくれる妹の頼みは断りづらいな、と細川は根負けして溜息を吐く。


「はあ。わかったよ美菜」

「ほんとうっすか。アニキ出てきてくれるっすか」

「昔のカードで通用するか分からんが、美菜の期待を裏切りたくはないからな。一応デッキを用意しておくよ」

「ありがとうっす。さすがアニキっす、頼りになるっす」


 嬉しそうに破顔した。

 この笑顔が見られるなら満更でもないな。

 妹の笑顔に弱い細川だった。

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