1-6

 公園を出たところで細川は奈保と和美と別れて帰途に就き、陽が完全に沈み切った頃にようやく自宅のドアを潜った。


「アニキっすか?」


 玄関で靴を脱ぎ始めた時、細川が聞き親しむ少女の声がリビングから聞こえてくる。

 声の方に顔を向けると、リビングの入り口からツインテールの十歳ぐらいの少女が顔を覗かせていた。


「ただいま。美菜」


 細川が少女に帰宅を告げると、少女がリビングから廊下に出てきてツインテールを揺らしながら細川に駆け寄ってきた。


「おかえりっす、アニキ」


 細川の事をアニキと呼ぶこの少女の名は細川美奈といい、小学校五年生の細川の妹である。


「アニキ。今日はどうだったすか?」

「……アニキって言うのやめてくれないか?」


 細川は真面目な顔で頼んだ。

 美菜は合点できないように首を振る。


「他の呼び方なんておこがましいっす。下っ端のおいらにはアニキって呼ぶのが限界っす」

「そんな呼び方じゃなくても他にあるだろ……兄妹なんだからさ」


 ヤ〇ザみたい、という言葉は喉の奥に押さえ込んで細川は呆れる。


「今日は帰りが遅かったっすけど、何かしてたんすか?」


 ヤ〇ザの下っ端じみた口調を改めることなく美菜が尋ねる。

 細川はホームルームが終わるとすぐ帰途についていたので、今まで帰りが遅くなることはほぼなかった。

 細川は鬱陶しそうな顔になる。


「所用があったんだよ」

「どんな用っすか。カチコミっすか?」

「よく無傷で帰ってこれたね俺。カチコミじゃないけど」

「タマ取ったっすか?」

「……学校の知り合いと人を捜してたんだよ」


 妹の質問には取り合わずに用事を明かす。

 ほええ、と美菜は口を開けて驚いた。


「アニキに学校の知り合いがいたんすか」

「新しい部活を作りたいらしくて。部員として誘われたから部活新設のために関わるようになったんだよ」

「アニキが部活っすか?」

「俺は名前を貸しただけだから活動はしないよ」


「そうっすか。じゃあ前のアニキみたいに特殊な花札で大会に出ないんすね」


 カードゲームに熱を注いでいた過去の兄と今の無趣味の兄を重ね合わせるように見てから、ちょっと残念そうに言う。

 妹の心情を知らずに細川は言葉を返す。


「特殊な花札っていうなよ。それじゃ賭博みたいになってるよ。俺がやってたのはカードゲームであって賭博ではない」

「知ってるっすよ。それに賭博なんて言ってないっす」

「ヤ〇ザで特殊な花札って聞いたら賭博だと思うだろ」

「任侠っすね」

「違うよ」


 返しをするのが面倒になったように短く否定する。

 美菜は兄の反応が鈍くなったのを感じとり、夕食の支度を手伝ってくるっす、と細川に告げてリビングに駆け戻っていった。


 のど飴でも舐めながら、新しい趣味でも見つけようか。


 妹がリビングに戻ると、細川はリビングに顔を出さずに自室がある二階へ上がる階段に足を掛けた。

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