1-5
それからすぐに、二人は図書室に来た。
「ねえ、平田さん」
「うん?」
図書室のドアを開け、室内を見回す奈保に細川が話しかけた。
「平田さんの友達って、土屋和美さんの事?」
「あれ?」
予想外の質問、という反応で奈保が細川を振り返った。
「細川君に和美の苗字って教えたっけ?」
「署名に書いてあったから」
「そういうこと。もしかして知ってる名前だった?」
訊きながら、答えられるのを恐れるように窺う視線になった。
細川は特にこだわる様子もなく返す。
「名前を見たことあるよ。模試の上位者が掲示板に貼りだされたときに、名前が載ってたからさ」
「ああ、あれね。和美は勉強できるのよ」
不安を誤魔化すようにして肯定する。
細川が感心の顔になる。
「成績上位者と友達なんて、すごいね平田さん」
「成績は関係ないよ。和美とは小学校からの付き合いだもん、家も近かったし」
「幼馴染っていうの?」
「そうだよ。けど、こういう関係性の話は後。図書室にはいないみたいだから、次の場所行こう。次は昇降口」
話題を打ち切って細川の意識を捜索に向けさせ、奈保は図書室のドアを閉めて昇降口に歩き出した。
昇降口に来るなり、平田が同学年別クラスのシューズロッカーに近づいた。
「平田さん。ここ、別クラスのロッカーだけど」
「和美の靴があるかないかを確かめに来たの」
理由を告げ、ロッカーの一つを開けた。
履物らしき存在はロッカー内に見当たらなかった。
やっぱりと奈保は呟く。
「靴がないわ。和美は外ね」
「校外に出ちゃったってこと?」
「うん。けど、見当が大方ついてるの」
「どこにいるんだ?」
「和美は大体、学校の図書室か、街の図書館か、近くの公園にいるわ」
「もしかして土屋さんは読書が趣味なの?」
図書室、図書館、と聞かされ細川は推測した。
奈保は億劫そうに頷く。
「そうよ。和美は読書が趣味よ。それも読書のために学校サボるぐらいに精を出してる」
「え、学校サボるの。成績上位なのに?」
奈保の友人の意外な怠慢さに、細川はあからさまに驚きを出した。
「和美は自由奔放というかルールに従わないのよ。生き方がもうアウトローなの」
「アウトロー?」
成績優秀なアウトローってどんな生徒なんだ?
細川が頭の中で土屋和美の人物像を描き出そうとする。
「それでいて、和美はすごく優しいの」
「イメージが湧かない。どういう人なんだ?」
「会ってみればわかるわよ」
「会ってみれば、ねえ?」
「さ、校外にいることが判明したことだし、捜索を続けましょ細川君」
友人のことを喋ったからか少し上機嫌になって奈保が促した。
果たしてどんな生徒か?
土屋和美の人物像が定まらないまま、細川は奈保と共に校舎を後にした。
校外へ土屋和美を捜しに出た細川と奈保は、奈保が見当をつけている街の図書館にたどり着いた。
到着してすぐに、奈保は図書館の駐輪場で停められた自転車を見ながら時計回りに歩き始める。
細川は彼女の後に付き従った。
「土屋さんは自転車通学なのか?」
「一応、書類上は」
細川に顔を向けずに奈保が答えた。
「どういうこと?」
「和美は原付持ってるから」
「もしかして原付で登校?」
「他の人に言っちゃダメだよ」
「言わないよ。そもそも言って信じてくれる人もいないよ」
「どうやら、なさそうね」
駐輪場を一周したところで奈保は諦めた。
原付乗ってる眼鏡かけた金髪の不良っぽい知的な女子生徒、というキャラ不安定な人物像を細川は無理やりに思い浮かべている。
奈保が細川を振り向く。
「細川君。次は公園よ」
「ああ」
二人は図書館の駐輪場から立ち去った。
太陽が街並みの奥に沈みかけた頃。
細川と奈保は校区内で住宅街の一角にある児童公園に訪れた。
滑り台やブランコなどの定番の遊具と中央にガゼボが建っている他は目立つ物がなく、いたって平凡な公園だ。
辺りが薄暗くなってきているからか、遊んでいる子供の姿は見当たらない。
「土屋さんはここにいるの。平田さん?」
公園の出入り口で細川が尋ねた。
細川の隣に立つ奈保は背を伸ばすようにして東屋を凝視する。
「図書室か図書館にいなければ、大体この公園にいるわ。ほら、あそこ」
ガゼボの下のテーブルとベンチの置かれた場所を指さす。
ベンチの端から黒のスニーカーを履いた足が垂れ下がっていた。
「あそこで寝てるのが和美よ」
「どうしてあんなところで寝てるの?」
ベンチの上は幅が狭く落ちかねないため、寝る場所としては不適切な気がする。
細川はそんなことを思いながら、ベンチで横になる土屋和美らしき女子生徒に目を視線を送った。
「暇なんじゃない。子供たちも帰っちゃったから」
「子供たちと何かしてたの?」
土屋和美という未だイメージの定まらない女子生徒と公園の子供たちが戯れる様子を細川は想像してみる。
ちょっと奇怪な光景だった。
奈保がベンチへと歩き出す。
「和美を起こしに行くわよ、細川君」
「あ、ああ」
なんとなく気が進まないまま、細川は奈保の後に着いていく。
ベンチに歩み寄ると、奈保と同じ制服をだらしなく着崩した女子生徒が顔だけを横に捻じった仰向けで寝そべっていた。
血のような真っ赤に染められたポニーテールが、ベンチからはみだしている。
平田さんの言ってたアウトローって不良ってこと?
細川は女子生徒の赤い髪を見て内心で首を傾げた、
「和美。和美、起きなさい」
奈保が朝弱い娘に対する母親のような声を赤髪の女子生徒に掛ける。
身じろぎも返事もない。
「起きないね土屋さん」
「何があろうと起こすのよ」
「無理して起こすのはやめた方がいいんじゃないか?」
「起きない和美が悪いのよ。こら、和美!」
叱るように奈保は声を荒げる。
その時、女子生徒の瞼がパッと開かれた。
開かれた目で厳しい顔つきをする奈保を振り仰ぐ。
「なんだ、奈保か」
赤髪の女子生徒が奈保を認識して声を出した。
奈保は真っすぐに睨み返す。
「そうよ、奈保よ。起きなさいって言ったらさっさと起きなさいよ」
「ああ? こっちはぐっすり寝てたんだ、気づくわけねえだろ」
苦言に眉を顰めて女子生徒が言い返した。
奈保と視線をかち合わせながら、むくりと上体を起こす。
ちらっと一瞬だけ細川の方に目が向くが、すぐに奈保に戻した。
「何の用だよ。奈保。彼氏でも紹介しに来たのか?」
「殴るわよ?」
瞳と声に怒気を含ませて奈保が言う。
クラスメイトの物騒な発言に、細川は身を引くようにして愕然と横目に見た。
「おい奈保。隣の男子が恐がってるぞ」
「うん? 細川君、どうしたの?」
奈保が不思議そうに細川に目を移す。
「平田さん。大丈夫なんでもないよ」
「そう」
細川の返事を聞くと、女子生徒に視線を戻す。
「和美。この前話してた部活動の件なんだけど」
「ほんとに作る気なのか、奈保?」
意外そうに訊き返した。
奈保は当然とばかりに頷き、細川に手のひらを向ける。
「細川君が名前だけ貸してくれるって」
女子生徒が細川に目を注ぐ。
怪訝そうに眉根を寄せた。
女子生徒の視線に、脅すような凄みを感じて細川はビクリと肩を驚かす。
「お前。奈保のなんだ?」
「クラスメイトです」
「彼氏とかじゃないよな?」
「はい」
「……そうか」
女子生徒の目から凄みが消えた。
一変して、朗らかな笑みを浮かべる。
「あたしは土屋和美って言うんだ。お前は?」
「細川幸也」
「ゆきや、か。よろしくな」
初対面ながら和美は細川を下の名で呼んだ。
和美の距離感の近さに細川の方はいささか戸惑っているが。
「それでね、和美」
二人の顔合わせが終わるのを潮に、奈保が別の話題を話し始める。
「部活動の件。細川君のおかげで進展しそうなの」
「どこまで進んだんだ?」
「三人分の署名を申請するところ」
「じゃあ、あれだな。あとは申請が通れば認可されるんだな」
我がことのように嬉しそうに言った。
しかし奈保の表情が億劫そうに曇る。
「それがね、案外すんなりとはいかないのよ」
「何かあったのか?」
「生徒会に申請を出したら、署名者の最低三人は顔を出してくれないと部活動をする意思があるかの証明にならないんだって」
「生徒会の奴らめ、変なイチャモンつけやがって」
痰でも吐き出すように揶揄した。
「だからね和美。私と和美と細川君三人揃って生徒会に再申請をするから、明日の放課後は空けといてね」
「いいぜ。奈保の頼みなら断れねえよ」
「ありがとう和美」
友人に礼を笑顔で言うと、奈保は細川を振り向いた。
瞳から明るい未来を覗いているように活気が溢れていた。
「三人いることが証明できれば、生徒会も部の創設の認めてくれるはずよ」
「俺は役に立てたのか?」
「もちろん。細川君がいなかったら申請まで漕ぎつけられなかったから」
満面の笑みで、心の底から湧き出る感謝を言葉にしてクラスメイトの男子に送った。
「ど、どういたしまして」
細川は面映ゆい気持ちでそれらしい返事を口にした。
名前を貸しただけで役に立てて、少しくすぐったかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます