1-4
週末の休日空けて月曜日。
ホームルーム終了後。細川は自分の席に居座ってスマホでネットニュースを読みながら部活動に行く生徒の波が退くのを待っていた。
帰り支度をして教室を出てもよいのだが、そうすれば高い確率で昇降口の部活動に向かう生徒達の波に直撃し、お前帰るのか楽そうでいいな、みたいなやっかみの視線を浴びる羽目になるので、細川はすぐに帰らずに教室でいくらか時間を潰す。
今日もこうして教室に居残っていると、不意に教室のドアが廊下側から開けられた。
「細川君。やっぱり教室にいた」
直近で細川が言葉を交わした女子生徒の声が、開けられたドアから聞こえた。
細川がドアの方を振り向くと、声の正体である女子生徒の平田奈保が親し気に微笑みを浮かべて立っていた。
人のほとんど残っていない教室の様子を一瞥してから、躊躇いもなく細川の席に歩み寄る。
「教室。人いないんだね」
「……そうだね」
細川は唐突に話を振られて遅れ気味に返した。
「みんな。部活動かな?」
「そうだと思う」
「細川君は何してたの?」
奈保が細川の席上を見て世間話のように訊いた。
「別に何かをしてたわけじゃない」
「熱心にスマホ見てたから、何かしてるのかなって思ったんだけど」
「熱心ってわけでもないが、ネットニュース読んでたんだよ」
単なる暇つぶし、というニュアンスで答える。
奈保はちょっと残念そうにする。
「細川君にも何か打ち込めるものがあるのかな、って思ったけど、違ったんだね」
「ところで、平田さん。何か用でも?」
話しかけてくるのは大体が用事のある人、という考えを持つ細川ならば当然の疑問を投げた。
途端に奈保が申し訳ない顔になる。
「さっき生徒会室に部活の申請を提出しに行ったの」
「ああ。例の部活?」
「そう。だけど署名だけじゃダメだって」
「え? 三人揃えば申請できるんだよね?」
「署名した人のうちの最低三人が一緒に顔を出さないと部活動を新設する意思があるかどうかの証明にならないって」
「そんな理屈があったんだ。部活動に所属したことないから知らなかった」
「理屈というか、そういう規則らしいの。はあああ、手間がかかるよ」
溜息とともに奈保が愚痴を呟く。
「顔出すだけで済むならマシじゃないか。無理難題を突き付けられたわけじゃないから」
「そうなんだけど、細川君をあまり巻き込みたくないの」
遠慮を感じさせる口調で言った。
なんだそんなことか、という表情で細川が苦笑する。
「顔出しぐらいするよ。それぐらいなら迷惑じゃないから気にしないでいい」
「ほんとう?」
あとで見返りでも求めるんじゃないか、と窺うように奈保は細川の顔を見つめた。
細川は真顔で頷く。
安堵したように奈保の頬が緩んだ。
「細川君でいい人でよかった」
「そう言うってことは、俺のこと悪い人間だと思ってたの?」
「悪い人間だとは思ってなかったけど、想像よりも良い人だったから。もしかして気悪くしちゃった?」
自分の何気ない発言が棘を持っていたのではと心配になり、奈保が不安そうに尋ねる。
気悪くなってないよ、と細川は返した。
「そうなの。せっかく力になってくれるのに、その人の恩義に反すようなことはしたくないから安心した」
「恩義は感じなくていいよ。どうせ部活動に所属してない俺の名義なんて余りものみたいなもんだからな」
自嘲的に言うと、細川の言葉がツボだったのか奈保がクスッと笑いを零した。
笑かすつもりでなかった細川は少し気恥ずかしくなり、奈保の本来の目的であろう事に話題を移す。
「それで平田さん。署名した三人で生徒会に顔出さなきゃいけないんだよね?」
「うん。細川君、今から大丈夫?」
「俺はいいけど。もう一人は?」
「……和美ね」
曰く言い難い間があってから、奈保が細川の以外の署名者の名を口にした。
さっきの間はなんだったんだろう、と細川が疑問を抱くよりも先に奈保が微笑んで切り出す。
「細川君。今から探しに行こう」
「何を?」
「和美」
「え。平田さん居場所知らないの?」
知ってるものだと思っていた奈保の発言に細川が仰天する。
奈保は渋面を作った。
「知っていたら探しに行こうなんて言わないよ」
「だよね」
「だから細川君にお願い」
唐突な改まった言い方に、細川はおのずと身構える。
「一緒に和美と探しに行って、細川君に和美を紹介させたい」
「紹介? どうして?」
「互いに顔すら知らない部員って怪しまれそうだから」
「なるほど。わかった」
最も理由に細川は頷いた。
細川の承諾を得ると、奈保は俄かに活気づく。
「探すと決まれば、早速行動だね。着いてきて細川君」
そう言い、すぐさま踵を返して教室の外の廊下へ足を向ける。
細川は荷物をまとめて性急なクラスメイトの後に続いて教室を出た。
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