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 細川が買い物を終えてからコンビニを出ると、奈保は細川を誘って近くのファミレスに移動した。

 隅のテーブルに向かい合って座るなり奈保が口を開く。


「そういえば細川君。図書室で何借りてたの?」


 世間話の口ぶりで言った。

 どうしてそんなこと訊くの、と細川は怪訝な顔になる。


「図書室なんてあまり使う人いないから。何を借りたの気になってたの?」

「川端康成の『雪国』だけど」

「ああ、そうなんだ」

「まだ読み終わってないんだけど、借りようと思ってた?」

「ううん。ゆっくり読んでいいよ。私は別に『雪国』が読みたいわけじゃないから」

「なるほど」


 細川が納得すると会話が途切れた。

 しばらくして奈保の方から切り出す。


「細川君は図書室よく使うの?」

「いいや。この前が高校入って初めてかも」

「へえ、じゃあ中学校の頃は結構使ってたの?」

「そんなこともないけどな。中学の頃も数回ぐらい」

「そうなんだ。もしかして本は買って読む派?」

「本自体そこまで読まないよ。この前借りたのは川端康成が気になっただけだから」

「そうなんだ」


 合いの手を返したところで奈保は続く言葉に困ったように黙ってしまった。

 細川は沈黙を嫌って話を振る。


「大事な話って何なの?」

「え、ああ、そうだよね」


 細川の方から切り出すとは思わず、菜緒は微苦笑した。

 厄介そうに細川が口をへの字にする。


「なあ、大事な話がないなら帰っていいか」

「ダメだよ。ほんとに大事な話があるんだから」

「じゃあ話してくれよ。わざわざぼっちの俺にしなくちゃいけない大事な話を」


 自嘲を交えて細川が促した。

 じゃあ話すよ、と奈保の顔に決意が浮かぶ。


「細川君」

「なんだ?」

「シャッフル得意だよね?」

「はあ?」


 全く意図が解せなかった。

 理解しがたく眉を寄せる細川に、奈保は問いを重ねる。


「ねえ、どうなの。人よりはシャッフル慣れてるよね?」

「……そんなことないよ」


 やや間があってから細川は否定した。

 奈保は真剣な眼差しで細川を見返す。


「細川君。私、知ってるんだよ?」

「何を?」

「細川君が、『ゴッドウォーズ』っていうカードゲームで全国四位だったこと」


 嫌な記憶でも呼び起こされたみたいに、細川は不快気に眉を顰めた。

 『ゴッドウォーズ』とは小学生を中心にプレイヤーの多いトレーディングカードゲームだ。細川は中一から中三にかけて三年連続で全国大会四位に輝いている。


「なんでそのこと知ってるんだよ?」


 腹を立てた尋問口調で細川が訊いた。

 奈保は真っすぐ細川の視線を受け止めながら言葉を続ける。


「弟が読んでたカードゲームの雑誌に細川君の顔が載ってたの。三年連続で準決勝まで残った人は初めてだって書いてあった」

「だから、なんだよ」


 どうでもいい、という言い方で吐き捨てた。

 三年連続の快挙だろうが、ずっと四位止まりの記録など誇らしくもなかった。

 しかも他のプレイヤーより年嵩で、上位三名は自分より年下で。

 細川の中でぶり返してきた悔しさには敢えて触れないように、奈保は真っすぐな眼差しで少しズレたことを問う。


「シャッフル得意でしょ?」

「……ああ、そうかもな」


 奈保の執拗な問いかけに、細川は張り合いがなくなった声で答えた。


「だからこそ、頼みがあるの」

「何のだよ?」


 シャッフルを慣れていることに何のメリットがあるのか。細川は全く理解できずに訊き返した。

 奈保は真剣な顔で打ち明ける。


「私の部活動に入ってほしい」


 細川は拍子抜けした気分になった。

 部員勧誘なら端から断るつもりだった。興味をそそられる部活動もない。


「大事な話って言うのは、部活の勧誘か」

「人数が足りなくて困ってるの」

「悪いがお断りだ」

「頼めるのは細川君だけなの」


 切々とした口調で奈保が訴えた。

 限定的な言い方に細川は疑問を抱く。


「俺だけってどういうことだ。部活に入っていない生徒は他にもいるだろ?」

「いるけど、シャッフル得意そうなの細川君だけだよ」

「シャッフルが出来ることに意味があるのか?」


 カードのシャッフルが必須の部活動なんて聞いたことないんだがな。

 奈保がどうしてシャッフルの手際の良さに拘るのか、細川には見当がつかない。


「新しい部を作ろうと思ってるの」


 唐突に奈保が言った。


「新しい部? それに俺を入れたいと?」

「そういうこと。ダメかな?」

「何の部を作るつもりなんだ?」

「メモリースポーツ部」

「メモリー、スポーツ?」


 SF小説に出てくる架空の組織の名を聞かされたように、細川が呆けた顔になった。

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