第41話 焼き切れる理性(2)

 怒鳴った直後、和泉は我に返った。しかし今更どう後始末をつけたらいいのか分からない。動くに動けず、気まずくなって亜姫から目を逸らした。

 

 落ち着くどころか、最悪の上塗りだ。

 自分の滅茶苦茶な行動にほとほと呆れる。

 かき混ぜたら少しはまともに動くかと、頭をユックリ振ってみる。

 

 「わ、分かってる…だって…私、淫乱なんだから!」

 

 号泣する亜姫から突然飛び出た、有り得ない言葉。

 

 それにぶった斬られ、和泉の思考回路はショートした。

 

 「は?……淫………って?……え?」

 壊れたブリキ人形のようにギギギと首を動かし、呆然と亜姫を見る。

 

 すると、亜姫はわめき出した。

 「私は淫乱なんだって。和泉に触れたらいつでも気持ち良くて、もっと…って、だから淫乱……でも、和泉は興奮しない…体も嫌い……どうしよう」

 

 この子は、一体、何の話をしてるのか。

 

 グチャグチャは衝撃ですっぽ抜けてしまったのか、頭の中は今や真っ白だ。

 

 「ちょっ、と……ナニ、言っ」

 「色気ないのに淫乱な子……嫌い?」

 「ちょ、亜姫………一旦黙って」

 「私の体、そんなに嫌?興奮しない?おっぱいが大きくなったら、触りたくなる……?」

 「ちょっと黙れって!」

 

 和泉はもう、何がなんだかわからない。

  

 子どものように泣きながら、なぜか卑猥な言葉を連発する亜姫。

 脳裏の残滓、滾る劣情、回らない頭。

 

 他に黙らせる方法が思いつかず、自分の唇で亜姫のそれを塞ぎ、欠片を掻き集めたほんの少しの理性でそれ以上を何とか踏みとどまり、落ち着かせるようにゆっくり息を吐き、それから包み込むように抱きしめた。

 

 「ちょっと、マジで、黙って。……一回、整理させて」

 

 亜姫は、返事の代わりに和泉の服をギュウッと掴んだ。

 

 縋りついて泣きじゃくる様子に、和泉はますます煽られる。しかし、それよりも先程の衝撃と突拍子の無さが上回り、少しだけ冷静さを取り戻した。

 

 心身の乱れをまず落ち着かせようと、和泉は再度深呼吸する。

 

 「とりあえず……こうしてるのは、嫌じゃない?」

 

 和泉が聞くと、亜姫は無言でしがみついてくる。

 その答えに安堵した。

 

 

 

 ◇

 亜姫が落ち着くのを待ち、まず疑問の答え合わせをした。

 

 曰く。

 誰かに淫乱だと言われて言葉の意味を調べた。

 普段している触れ合いが心地よく、もっと……と思い始めていた。先程和泉にされた事も嫌だとは思わなかった。むしろ和泉も同じ気持ちなのかと喜びを感じた自分は確かにいやらしい……だから言われた通り、自分は淫乱だ。

 

 和泉はその話にどこからツッコむべきか悩んだが、話が進まないのでとりあえず聞き流した。

 

 要は、その考えの元で寄り添える環境を堪能していたら突如和泉が離れたのでパニックになり、自分の体が好みのタイプと違うことで嫌われたと思った、と。

 

 「お前の体を嫌って俺が部屋を出た…って思ったの?」

 「こんな体だから、くっつかれるのが嫌になったのか、って……」

 離れる和泉をどうにかして引き止めたかったと言いながらギュウウッと亜姫はしがみつく。

 

 その姿は、目に焼き付けたいほど可愛くて。

 予想に反して嫌がられることもなく、その姿をまだ見ていられると思えることが嬉しい。

 

 あれほど暴れ狂っていた情欲を、和泉は強引に押さえ込んだ。また同じことを繰り返すわけにはいかない。

 

 「お前の体にガッカリなんかしないよ、逆。触れたかったから、こんな事になったんだ。実は俺…お前に触れる夢を何度も見てる」

 

 想像もしなかった言葉に、亜姫は目を見開いた。

 

 「さっき、いつの間にか寝ちゃってて。その夢見てて、寝ぼけてお前にも触れちゃってた」

 

 今更ながら、自身のやらかしをどう償えばいいのか分からず狼狽えてしまう。

 

 「そんなこと考えてないとか色々偉そうに言ってたのに…ごめんな、酷いことした。お前が望まない限りはって言ったのに…約束守れなくてごめん。

 こんな手の出し方、最低だよ俺……」

 

 落ち込む和泉に対し、亜姫は強く首を振る。

 

 「そんなことない。嫌じゃなかったもん。

 もう、ギューしてもらえないのかと思って…それが、すごく怖かった……」

 

 亜姫はまたスンスンと泣き出した。

 前もそうだったが、パニックを起こすと亜姫はやたら素直になる。それがこんな時でもたまらなく愛おしい。


 しがみつく横顔にチュッと軽いキスを落とすと、亜姫はこちらに向き直る。

 それは、まるでキスをおねだりされているようで……。

 

 「そーいう行動、取るな。

 俺はスゲェ我慢してんだから、無自覚に煽ってくんなよ」 


 和泉は語調を強めて亜姫を叱る。

 

 「俺は体の繋がりが欲しいわけじゃない。他の女と同じだと思われたくもない。

 抱かれるってどういうことなのか、亜姫がわかるまではしたくない。いざそうなる時は、幸せだけを感じてほしい。

 だから、まずは理解して。その上で、お前の準備が出来るまで待ちたい。俺も、もう誤魔化さないから」


 

 亜姫は素直に頷くと、甘えるように和泉の胸元へもぐりこんだ。

 

 そんな行動にも揺さぶられてしまうが……無意識に煽り続ける亜姫には、もう溜息しか出ない。

 和泉は色々と諦めて、細い背中を優しく撫でた。

 

 「亜姫。俺がお前の体に不満を感じることはない。だから、ああいうことは二度と言うな。妙に煽られて襲いたくなるから」

 「煽られて………って?」

 「妙に色気感じる時があるか……」

 と言ってる途中で、亜姫がガバっと起き上がった。

 

 「色気!あるの?私にも!?」

 そう叫ぶと、大喜びで和泉の首元に抱きつく。

 「和泉!私に興奮する?……じゃあ、おっぱい大きくなったらもっと色気出るかな!?」

 

 言ってるそばから煽っていることに、この亜姫が気づくはずもなく。

 

 和泉はこれでもかと忍耐を強いられたが、軽いキスだけで我慢した。

 そこで踏みとどまれた自分を、心底褒め称えたいと思う。

 

 よく我慢した、俺。

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