第40話 焼き切れる理性(1)
あれから数日。和泉は変わらない日々を過ごしていた。
最近は、よく夢を見る。自分の理性がすり減るにつれ、その頻度は増していく。
実際に見聞きする亜姫の姿と自分に甘えてくる様子。これらが夢と混ざり合い、和泉を昂ぶらせていく。
夢だと分かっている時もあれば、現実と勘違いする時もある。そうすると焦って飛び起きたりして、和泉の睡眠時間は日に日に減っていった。
そして今日も家で過ごし、スヤスヤと寝ている亜姫。
幸せそうに眠る顔を見ていたら、気持ちが揺らぎ始めた。
あー、これ、このままはヤバいな……。
布団から出るか……別のとこにいた方がいいかもしれない……。
と思っていた和泉は、突如ハッとする。
なぜだか、直前まで見ていたものと今見えてるものが微妙に違う。妙な違和感。
すると、目の前に。
いつものように寝ぼけている亜姫がいた。その服は少し乱れている。
和泉はガバッと飛び起きた。
頭が混乱して、何が起きているのか把握できない。
俺は、寝てた……?いつから……?
夢を、見てた……?
必死で考える。
状況、記憶、手の感覚……そこから導き出されたのは、寝ている亜姫に手を出していたという事実。服や亜姫の様子から、少し触れた程度だろうと判断したが。
問題は、そこではない。
自分のしたことが信じられない。信じたくない。
それを亜姫に知られてしまったら…。恐怖が和泉の中を駆け巡り、これは夢だと逃避しかけた。けれど、寝ぼけ眼の亜姫を見て一気に現実へと引き戻される。
「和泉…?どうしたの……?」
寝起きの亜姫は、やはり何も気づいてないようだった。
あぁ、無理だ。そう思った。
何もかも、限界だった。
なんでもないように振る舞うなんて……もう、出来ない。
「亜姫…ごめんな、ホントにごめん……」
和泉は亜姫を引き剥がすようにして距離を取り。
そのまま亜姫を残し、逃げ出すように部屋を飛び出した。
和泉はそのままキッチンへ駆け込むと、コップに入れた水を一気に飲み干した。
空のコップを叩きつけるように置き、背面の戸棚に背を預けズルズルと床に座り込む。
最悪な形で手を出した。
……………何をしてんだよ、俺は!!
頭の中はグチャグチャで、まともに何かを考えることは出来そうにない。
とにかく、今日は帰そう。
そう決意して部屋へ向かい、ゆっくりとドアを開けると。
亜姫がベッドの上に座り込み、静かに泣いていた。
なぜ?状況が理解できなかった。
和泉はその場に固まったまま、それを眺める。するとそれに気づいた亜姫が、今度は大粒の涙を零して泣き出した。
我に返った和泉が慌てて近寄ると。
亜姫が和泉の服をギュッと掴み、突然口づけた。
「……っ、なに、して……」
呆然とする和泉。
それを気にする素振りもなく、亜姫は泣きながら再び唇を合わせる。
お互いのそれが軽く触れるだけ。とても
亜姫が自分からしてくるなんて初めてのことだ。だが、嬉しいと思う余裕などない。逆に、よりによって何故こんな時に…と、苛立ちすら覚えた。
和泉の脳裏には、夢で見た亜姫の残像が微かに残っている。それが現実とごちゃ混ぜになり、今にも理性が吹き飛びそうだというのに。
どうにかつなぎ止めたそれで、力任せに亜姫を引き剥がす。
亜姫は一瞬驚愕の表情を見せ、それからクシャリと顔を歪ませた。
「……から?」
「え?」
「私が近づくの、イヤだった……?」
なぜそんな話が出るのか。
亜姫の言ってる意味がさっぱりわからなかった。
ただでさえ回らない頭で必死に考える。
「違う……」
自分の返事がおかしいことにも気付けなかった。
逆だ、もっと近づいてほしいんだ。と言いそうになって口ごもる。
この期に及んでまだ誤魔化そうとする自分が情けなく、消えたくなった。
だがその前に、冷静に考える時間が欲しい。
そこへ、亜姫の叫ぶような泣き声が刺さる。
「私の体、そんなに嫌い?胸が小さいから……?」
「さっきから、何を言って……」
和泉が疑問を口にするも、亜姫はしゃくり上げて返事をしない。
今すぐ襲いたい。その気持ちを必死に抑えているが、理性の壁は崩壊寸前。
なのにそんな言葉を発する亜姫に…何もわかって無い亜姫に…猛烈な怒りが湧いた。
「そんなこと言ったらどう思われるか、分かんねーのかっ!」
和泉が声を荒らげて怒鳴りつけると、亜姫はビクッと体を震わせた。
「お、怒らないで…。だって、だって…私に…興奮しないんでしょう…?だから、嫌なんでしょう…?
置いていかないで…行っちゃヤダ……」
意味不明な亜姫の言葉。通常なら疑問を返し意図を尋ねただろう。だが今の和泉にはただの刺激にしかならず……とうとう、壁が崩壊した。
亜姫の体を強引に引き寄せて、噛みつくような口づけをする。
このまま、亜姫の全てを食べ尽くしたい。
その欲を、欠片と成り果てた理性が「ダメだ!」と叫んで止める。
どうにか体を離した和泉は、亜姫を睨みながら再度怒鳴りつけた。
「自分がなにをされたか、分かってんのかよっ!」
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