第39話 辛いです

 この日、ヒロと戸塚は和泉の家に来ていた。

 

 「このメンツ、久々だ」

 「最近は五人でいることが多かったからな」

 「亜姫はよく来るの?」

 戸塚の問いに和泉は頷く。

 

 外は人の視線や干渉が煩わしく、二人で過ごす時は家にいることが増えた。

 

 「で、どうなんだよ最近。仲良さそうだけど進展してんの?」  

 「何が?」

 「しらばっくれんな。何がじゃねーよ、もうヤった?」

 ヒロがニヤニヤと和泉を見る。

 

 「シてない」

 「マジ!?これだけ毎日一緒にいて、まだ?

 お前、やっぱアレからヤりたくなんねーの?それともやっぱ実物の亜姫だと色気無さすぎてムリ、とか?」

 「……逆。俺、ヤバいかも」

 

 

 家で過ごす二人の時間は穏やかだ。

 特に何をするでもなく、話したり本を読んだり映画を見たり。とにかくのんびりした時間が過ぎていく。

 

 その中で、二人の距離はかなり近づいたと和泉は感じていた。

 周りの目がないからか、亜姫も慣れてきたのか…寄り添って座ったり抱きしめたりしても、亜姫は嫌がらなくなった。

 それどころか、時折甘えるように体を預けてくる。

 

 それが可愛くて。だが妙に色っぽく見える瞬間がある。そういう時、和泉は距離を取るようにしているが亜姫はそのままでもよさそうだ。

 

 「なんで離れんだよ。亜姫が嫌がってないならそのままでいーじゃん」

 「ムリ」

 「なんで?」

 

 ヒロも戸塚も不思議そうだ。お互い好きなら、触れ合うことに何の問題もないだろうと。

 

 「亜姫は自分のしてることを、わかってない」

 「どーゆーこと?」

 

 和泉は、溜めに溜め込んだ胸の内を吐きだした。

 

 大前提として、亜姫を欲望のまま抱く気はない。

 抱かれるとはどういうことなのか理解し、その上で亜姫が心から望む。そうでない限り、絶対にしない。

 

 これは、自分の中で絶対に譲れないことだ。

 一年でも二年でもそれ以上でも。自然にそうなるのを気長に待つつもりだったし、その過程も楽しみたいと思っていた。

 いや、今でもそう思っている。

 

 思っている、のだが。

 

 思いがけず…亜姫が触れるのを厭わない。触れると言っても、キスだったり寄り添ったり抱き寄せたり…と、程度は軽いけれど。

 亜姫は時折恥ずかしがるものの、嫌がることなく身を寄せてくる。

 

 寄せてくる……が。

 

 「亜姫にとったら、俺に触れるのは性的行為じゃないんだよ。どう言ったらいーのか……」

 上手く説明できないという和泉に代わり、戸塚が言う。

 「赤ちゃんや子供が母親に甘えてくっつくのと同じやつ、かな?」

 「!!それ。そう、まさにそんな感じ」

 

 ヒロが、あんぐりと口を開けた。

 そりゃそうだ、和泉だって出来るなら同じ顔をしたい。

 

 だが、これは和泉のやり方が影響してるのかも知れない。

 怖がらせないように、嫌がることはしないように、何も知らない亜姫に性的なものを感じさせないように。そう考えていた和泉は、触れる全てにいやらしさを感じさせないよう、気をつけていた。

 

 自分の過去をその行動に結びつけてほしくない、という願望もあった。

 

 結果。触れ合いは性的なものではなく「安心から来る心地良さ」だと思われている。

 

 そう思ってくれるのは、信頼されてる証拠だから嬉しいのだが。

 

 抱きしめると、亜姫は居心地良さそうに腕の中に収まる。そして大抵はそのままウトウトと寝てしまうのだ。

 

 和泉だけが煽りに煽られ、ひとり耐え忍んでいる。

 

 「和泉、お前がすごく不憫に見えてきた…」

 

 同情の眼差しを受けて、和泉は溜息をつく。

 

 「亜姫が起きるまではどーしてんの?」 

 「そのままか、布団に寝かせて添い寝」

 

 それを聞いた二人が驚愕の顔で固まった。

 

 「お前……その状態で?手、出せないんだろ?よくその状態で眠れるな!!俺は絶対ムリ!!」

 「眠れるワケがない。どうにかして気を紛らわせてんだよ」

 

 なんで添い寝なんかするんだ、離れたとこで座ってろ。

 二人はそう言うが。


 「亜姫ってさ、寝ぼけてるとすごい甘えてくんの、やたら素直に。すり寄ってきたり俺を探したりするし。本人は覚えてないんだけど、それがたまらなく可愛くて。

 まぁ……かなり、忍耐強いられるんだけどな」

 

 でも日に日に理性が焼き切れてる気がする、いつまで持つかわからない。

  

 和泉の理性は、速度を上げてすり減っていった。

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