第37話 嫌がらせ(3)

「ホラ。来たよ?」

 クスクス笑う女達。

 

 ちょうど通りがかった和泉は見た。

 廊下にいた女達が、亜姫を見て何やら言い出したのを。

 

 和泉は隠れて様子を伺うことにした。 

 

 

 近づいてきた亜姫に、女達はワザとぶつかった。避けきれなかった亜姫が軽く謝罪すると。

 

 「アンタさ、最近調子にのってるよね?」

 誰かが言い出すと、そのまま亜姫を囲んで心無い言葉を浴びせていく。

 

 和泉はすぐさま助けたかったが、下手なタイミングで出ると逆効果なので踏み留まる。

 

 

 亜姫は黙って聞いていたが、そのうち何か言いたげに相手をジーッと見つめ出した。

 

 それが相手には気にくわなかったらしい。 

 「何、その顔。言いたいことがあんならハッキリ言ったら?」

 クスクスと蔑んだ笑いを零しながら、相手が高圧的に言う。

 

 すると、亜姫が反応した。

 「じゃあ、言わせてもらっていい?絶対に、ちゃんと教えてね?」 

 

 その顔つきはかなり真剣だ。

 

 「はぁ?何を?」

 「おっぱいの作り方」

 

 真顔の亜姫に、女達が言葉を失った。

 

 間髪を入れず、亜姫は言う。

 「おっぱいが足りないのは、私が一番よくわかってるの。ずっと努力してるのに大きくならないんだもの。

 そんなにいいプルプルおっぱい持ってるなら、大きくする方法を教えてほしい」

 「何言ってんの…?なんでそんなこと教えなきゃいけないの?」

 「おっぱいを大きくしたいから」

 「それで、もっと和泉に取り入ろうって魂胆?」

 「えっ?和泉は関係ないと思うんだけど…?」

 

 不思議そうに亜姫は首を傾げる。

 女達はなんとも言えない空気に困惑し始めた。

 

 「ねぇ…ホントに、和泉にどうやって近づいたわけ?色気も無いし、和泉が手を出すとは思えないんだけど……?」

 「うん、和泉が私に色気を感じることなんてないと思うよ?」

 当然とばかりに亜姫が頷く。

 

 予想もしない返答に女達は戸惑い、顔を見合わせた。

 

 「アンタ、実は超肉食とか…?一体、どんなセックスしてんの?」

 

 途端、亜姫が火を吹いたように赤くなった。

 

 「ええぇっ!そそそ、そんなことしてないよ…!和泉も、私とはそーゆーことしないって言ってたもん!」

 「えっ!まだシてないの!?」

 「し、してないし…する予定もないよ……。第一、おっぱいが足りてないし……」

 「ハッ、やっぱり。純情そうなフリして胸デカくなったら抱いてもらおうって思ってんだ?でもアンタ相手じゃ…和泉はヤル気にならないでしょ」

 

 女達は息を吹き返したように勢いを取り戻し、不躾な視線を向けて嘲笑う。

 

 だが。

 

 「うん、だってそんなの考えてないって言われたもん。男の人って、興奮しないと出来ないんでしょう?零れそうなおっぱいとか色っぽいお姉さんとか、和泉の相手は全部そういう人だって聞いた。

 だから、和泉は私には興奮しないと思うなぁ」

 

 他人事のように、亜姫は呑気に話す。

 女達は再びペースを乱された。

 

 「ねぇ……ホントに和泉とシてないの?」

 「うん」

 「体育祭でキス見せつけたのに?」

 「いっ、言わないで!!あああ、あれは和泉が勝手に…恥ずかし、でしょぉ……」

 

 ようやく引いた亜姫の顔色がまたボフンと赤くなり、恥ずかしさから言葉も尻すぼみになっていく。

 

 どう見ても演技には見えないその様子に女達は興を削がれた様子で、代わりに好奇心を覗かせた。

 

 「いつも、和泉と何してんの?」

 「え?いつも?何をするっていうか、普通に話したりしてるよ?和泉、よく話すし面白いから」

 「え、ウソ…。和泉って…そんなに話すの?」

 「うん。よく喋るし、すぐ笑う。

 話さないし笑わない人だって聞いてたんだけど、全然違うんだね。時々すっごく意地悪だけど、あんなに楽しい人だったとは知らなかった」


 女達が、また顔を見合わせる。

 

 「……なんで、胸デカくしたいのよ?」

 「零れそうなプルプルおっぱいにずっと憧れてるから!

 いいなぁ、皆プルプルで。いい方法があるならゼヒ教えてほしい」

 

 心底羨ましそうに言いながら、亜姫は皆の胸元をキラキラした目で何度も見やる。

 

 それを見て、一人が呆れたように言った。

 「やめた、バカバカしい。ムダだわ。やるだけムダだよ、この子。

 アンタ、亜姫だっけ?いいよ、私が毎日してるマッサージがあるから教えてあげる」

 「えっ、ホント!?ありがとう!出来れば、今すぐ聞きたいんだけど…いいかなぁ?」

 「いいよ、おいで」

 

 そして、そのまま連れ立って隣の教室へ入って行った。

 

 和泉は呆気にとられたまま、その後ろ姿を見送った。


 強者すぎる…………。

 

 俺の出番なかったし。それに「セックスしない」とは言ってねぇんだけど……。

 俺の好みは巨乳じゃねぇってこの間教えたばっかなのに、全然話聞いてねーな……。

 

 だが、誰に対しても変わらない亜姫を見て笑ってしまった。

 最近笑ってばっかだなと思いながら教室に戻り、気長に待つことにした。

 

 どうやら亜姫は相当浮かれていたらしく、和泉との待ち合わせをすっかり忘れていたようだ。

 しばらく経ってからホクホクした顔で嬉しそうに戻ってきて、和泉を見て慌てて謝っていた。

 

 

 こうして亜姫への嫌がらせは減り続け、というか、そもそも本人がこの調子なので和泉達も気にしなくなった。

 

 余談だが。

 亜姫に取り込まれた女達から、和泉はいつの間にか「苦労するわね」と同情的な目を向けられるようになった。

 

 それには心当たりがありすぎて、苦笑いしか出なかった。

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