第36話 嫌がらせ(2)

 笑い続ける和泉に最初は不満そうだった亜姫。

 だが、そのうち一緒に笑い出した。

 

 「和泉、よく笑う!」

 「え?」

 「最近すっごく楽しそう!もしかして、表情筋、鍛えてたの?」

 

 真面目に聞いてくる亜姫に、和泉はもう笑いが止まらない。

 

 「鍛えてねーよ。亜姫といるからだよ」

 「楽しければ笑うってヒロ達が言ってたの、本当だったんだねぇ。

 ホントによく笑うようになったよね。ねぇ、私といたら沢山笑いたくなる?」

 

 和泉が頷くと、

 

 「そっかぁ」

 そう呟くと、亜姫はそれはそれは嬉しそうに笑った。

 

 その顔に和泉は一瞬見惚れる。 

 

 「……そんなに嬉しいの?」

 「うん。和泉の笑った顔、好き!もっと見たい」

 

 そう言って笑う亜姫に、和泉は堪らず口づける。

 そのまま唇を合わせていると、少し甘えた声で亜姫が言った。 

 

 「ね……和泉。教えて。さっきの、話の続き」

 

 和泉は箍が外れないよう気持ちを引き締めた。

 流れや勢いで手を出すことはしたくない。でも、なんの修行だコレ?  

 

 和泉は大きな溜息をついた。

 

 誤魔化しても無理だろうな、これは。

 そう思い、諦める。

 俺の理性、頑張ってくれ。 

 

 「俺は、大きすぎないおっぱいの方が好き。

 俺が思うおっぱいの魅力は、大きさよりも触り心地」

 「何、それ?」

 

 意味がわからない亜姫は、首を傾げて考えこむ。

 

 「亜姫、向こう向いて」

 

 そして和泉は後ろから抱きしめた。

 

 甘さや卑猥さをを感じさせないように。勉強を教えるような雰囲気を出すよう努める。

 

 「亜姫が聞きたいことを教えるだけ。怖いことは何もしない。お前、分かるまで諦めなさそうだし。

 ちゃんと理解してもらわないと、また変な方向にぶっ飛びそうだからな」

 

 揶揄うように告げ、和泉は服の上からそっと胸に触れた。

 

 「ちょっ、待って。待ってお願いやややヤダむりむりむりいぃぃぃっ……」

  

 亜姫は俯いてフリーズした。

 刺激が強すぎて、思考を手放したらしい。

 

 和泉は出来るだけ爽やかさを装い、直ぐに手を引いた。

 

 「和泉……?」

 亜姫がゆっくりと顔を上げ、和泉を捉えた。

 

 思いがけず色気を放つその顔に、和泉の動きが一瞬止まる。が、スグに理性を総動員して何でもないフリをした。

 

 「亜姫。ちゃんと胸あるし、触り心地も抜群」 

 

 からかうように言うと、亜姫は状況を思い出したようだ。

 突然、顔を真っ赤にして飛び退いた。 

 胸を押さえ、金魚のように口をパクパクしている。

 

 そこに先ほどの色気は皆無で。いつもの亜姫に、和泉はまた笑ってしまった。

 

 「お前が知りたがったんだろ?」

 意地悪そうな顔で、和泉は言った。

 

 「プルプルおっぱいがなくても大丈夫だよ。お前のおっぱいは、今のままでも充分魅力がある」

 「わ、私はプルプルおっぱいが欲しいんだってば!」

 

 真っ赤な顔のまま怒る亜姫が可愛い。

 

 「そうなの?なら、確実に大きくする方法教えようか?実践した子達、皆効果あったって。

 しかも、簡単で楽しいし気持ちいいらしいよ。

 今すぐにでも始められるし」

 「えっ、ウソ!知りたい!」

 「でもこれ、あんまり大きな声で言えないんだ。

 だからこっちおいで?」

 

 手招きすると、亜姫はウキウキと近づいてきた。

 

 今されたことも忘れて、亜姫は警戒心なく近づく。こんなに簡単に釣れてしまって、この子はこの先大丈夫だろうか。と心配になったが、今はさておき、亜姫の手を取り腕の中に抱え込んだ。

 

 そして、その耳元に囁く。

 「彼氏が何度も触れば、大きくなるんだってさ」

 

 ついでに、耳へ軽い口づけ。

 

 亜姫は即座に飛び退いた。

 首まで真っ赤にして「……絶対やらない!バカ!」と怒る姿は、可愛くてしかたがなかった

 

 

 

 ◇

 しばらくして、和泉は問いかけた。

 「それより。他にも嫌がらせ、されてない?」

 

 和泉は知っていた。最近転んだり擦り傷を作ったりしているのは、亜姫をよく思わないヤツらが故意にしていることだと。

 亜姫は何も言わないが、だからこそ自分が対処すべきだと考えていた。

 

 今日、家に連れてきた本来の目的はこれだ。

 

 しかし亜姫はキョトンとしている。

  

 「嫌がらせ?されてないよ」

 「え?されてる…よな?」

 「……ん?私、何かされてる?」

 

 されているに決まっている。

 なんだ?誤魔化そうとしてるのか……?

 

 「お前、この間も転んでただろ。最近、やたら傷作ってるじゃん」

 「あぁ、あれ。私がジャマだったみたい」

 「ホラみろ、やっぱりアイツらがお前を転ばせたんだろ?」

 「ううん、違うよ?私がボンヤリしてたから」

 「……は?」

 「元々よく躓くし、ボンヤリして何かにぶつかったりするの。私はちゃんと歩いてるつもりなんだけど、違うこと考えながら歩いてるみたいで麗華にも先輩にも怒られてて。

 和泉もやっぱりそう思ってた?最近楽しいことばっかりだから、やりたいことで頭がいっぱいなんだよね……でも、もう少し周りを見て歩かないとダメだね」

 亜姫は困り顔で笑う。

 

 和泉はもう、かける言葉が見つからない。

 

 どう見ても、嫌がらせ受けてるんだけど……。


 物理的にも精神的にも、けっこうな攻撃を受けているハズだ。しかも相手の殆どは和泉が過去に関わったヤツらだと聞く。

 ソイツらだけでなく、その原因である自分にも嫌な気分になるだろう…と和泉は思ったのだが。

 

 どうやら亜姫は、悩んでいたさっきの話も嫌がらせだとは思ってないようだ。

 どうして自分が和泉とつきあってるのか、単純に疑問だから聞かれていただけなんだと言う。

 そもそも亜姫が『和泉の好みは巨乳のエロい女』だと信じているので、皆がそう言うのは当然だと思っているらしい。

 

 「そんなの私に聞かれても分からないから、和泉に直接聞いた方がいいのにね」

 と、不思議そうに笑う。

 

 ホントに、おっぱい以外はどうでもいいのか?

 

 そう思った時、熊澤が言ってた事を思い出した。

 

 ──どうでもいいことは気にしない、人のいいとこしか見ない、超ポジティブ、おめでたいヤツ──

 

 こういうことか。やっとわかった。

 

 この子はただ、そんなことをする人は世の中にいないと思ってるんだ。

 

 そうだ、亜姫はそういうヤツだった。

 

 全てが想像の斜め上…どころかぶっ飛びすぎて、和泉はもう笑いしか出ない。

 

 出来る事は、変わらず隣にいることぐらいか。

 ……亜姫には誰も敵わない、絶対。


  

 この日初めて、和泉は笑いすぎてお腹が痛くなる体験をした。

 

 

 

 嫌がらせはしばらくの間続いていたが、当の本人がこの調子だったので「嫌がらせ」と言う認識が無いまま自然と数は減っていった。


 そして代わりに、嫌がらせの相手と亜姫がいつの間にか仲良くなっているという不思議な現象が起きる。

 

 その理由は、和泉がとある現場に居合わせたことで判明した。

 

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