第35話 嫌がらせ(1)

 ヒロに合図され、和泉は廊下の奥へと向かう。すると、床に座り込む亜姫を見つけた。

 

 「大丈夫か?………何があった?」

 亜姫の腕を取り、立たせる。制服についた埃を払おうとしたが、

 「大丈夫。転んじゃっただけ」

 亜姫は笑って何でもないと言う。

 

 最近、亜姫の元気がない。

 

 体育祭から少し経ち、生活も落ち着いてきた頃。

 和泉が離れているタイミングを狙って、亜姫が嫌がらせを受けるようになった。

 

 亜姫はそんなことを口にはしない。しかし、和泉が見て気づくこともあれば麗華達から入ってくる情報もある。

 相手は多数いるようだが、どうやら和泉絡みの女達らしい。

 

 

 学校が早く終わったある日、状況を見かねた和泉は亜姫を連れて帰宅した。

 初めて女を家に、ましてやそれが亜姫となるとテンションが上がりそうだが、今はそんな気になれなかった。

 

 明らかに沈んでいる亜姫を隣に座らせて、和泉は思い切って尋ねる。

 「最近、なにか悩んでない?」

 

 そんなことないと言う亜姫に、ちゃんと教えて?と和泉は問いかける。

 「俺が原因だよな?」

 

 しかし、亜姫は違うと言う。

 

 「俺、お前のことはずっと見てきたんだよ?そんな顔をしてるのは見たことがない。

 何かあったらその時は二人で考える、って約束しただろ?隠すなよ」

 亜姫の肩を軽く抱き寄せて、和泉は俯く顔を覗き込んだ。


 いつもの亜姫なら恥ずかしがって抵抗するところだが、今日はそれもない。その表情はさっきより曇り、今にも泣き出しそうだ。それでも亜姫は首を振る。

 

 「言いたくない」

 「そんな顔をしてる理由ワケを知りたい」

 「和泉には関係ない」

 「あるよ」

 「言ってもどうにもならないもん!」

 「俺にも出来る事があるかも知れないだろ?」

 「そんなのナイもん」

 「俺にも手伝わせて?」

 「無理だってば!」

 「一人で抱えるなよ、一緒にやった方がいいって」

 「一緒になんて無理だよ」

 「そんなことない。いくらでも方法はあるよ」

 

 すると、亜姫は俯いていた顔を上げた。

 「……方法、あるの?」

 

 ようやく反応してくれたことに安堵して、和泉は安心させるように微笑んだ。

 「あるよ」

 「……ホントに?一緒に考えてくれる?」

 「勿論」

 

 和泉は大きく頷く。

 

 「笑わない?」

 「笑わないよ。笑うなんておかしいだろ?」

 

 すると、亜姫は悲しそうな顔をする。

 「…だって、皆、笑うもん……」

 「そんなにバカにされてるの?」

 「されてる……」

 亜姫は悲しそうに眉を下げる。

 

 自分のせいで亜姫にこんな顔をさせている、その事実に胸が締め付けられた。

 

 「そんな顔すんなよ、俺も一緒に考えるから」

 

 宥めるように優しく肩を撫でると、亜姫は少しずつ話し出した。

 「だって、ヒドいんだよ……」

 

 相槌を打ちながら、和泉は亜姫の頭を優しく撫でる。

 

 「私だってずっと頑張ってるのに」

 「うん」

 「自分達は持ってるからって」

 「うん。ん……持ってる……?」

 「あんなの見たら、違いに悲しくなっちゃう」

 「……うん?」

 

 和泉の手が止まる。

 

 「亜姫?……バカにされてる話だよな?」

 「うん」

 「……何を?」

 

 亜姫は涙目で和泉を見た。

 「おっぱい」

 

 「………は?」

 和泉の思考が停止した。

 

 「おっぱいのボリュームが足りないから、和泉の隣にふさわしくないって。調子乗るなって。

 私だって、プルプルおっぱい目指して何年も頑張ってるのに……」

 「えっ?待って、お前が元気ない理由って……おっぱい?」

 「そうだよ?」

 

 亜姫は不思議そうに和泉を見上げる。

 「だって、色気もないそんな貧相な体で、一体どんな手使ったんだって言うんだよ?

 どんな手使ったらプルプルおっぱいになるのか、聞きたいのは私の方なのに!

 目の前であんなにプルプル見せつけて、そんな胸と見た目でどこに魅力があんのかわかんないって笑うの。でも、どんなに聞いても方法は誰も教えてくれないんだよ。ヒドいよ、私だってプルプルおっぱい欲しいのに……。

 小さなおっぱいでも魅力的な人は沢山いるって、麗華が言ってたもん。

 でも、あんなに言うんなら少しぐらい教えてくれたっていいのに。

 誰か一人ぐらい、教えてくれたって…。毎日こんなに悩んでるのに…私だってプルプルがいい…あんな風に笑いながらプルンプルンって揺らしたい………」

 

 堰を切ったように話す亜姫を、和泉は唖然として見つめた。

 

 

 

 ブハッ!

 

 ジワジワとせり上がってきたモノに堪えきれなくなって、和泉は思い切り噴き出した。

 いけないとは思ったが止まらない。声を上げて笑ってしまった。

 

 今の話で気にするところはソコじゃない。

 何言ってんだ。どう考えたっておっぱいの話じゃないだろ。マジかよ、有り得ねぇ。

 

 「何で笑うの?ひどい、笑わないって言うから話したのに!」

 

 怒る亜姫に、和泉は笑いながらゴメンゴメンと謝った。

 

 すると、悲しそうな顔で亜姫が言う。

 「和泉もホントは嫌なんでしょう?」

 「何が?」

 「プルプルおっぱいで、色気たっぷりのお姉さんが好きなんでしょう?」

 「え?なんで?」

 「だって和泉の相手は皆さんそうだったって言うし…それに、私とはそーゆーこと考えてないって言ってたじゃない。

 私もそーゆーことは考えられないけど…和泉の場合は、私のおっぱいが小さいから考えられないんでしょう?」

 

 突然の話に和泉は困惑したが、どうやら誤解があるようだ。

 

 「違うよ?」

 「違わないよ。だって、前に和泉…プルプルおっぱいギュッて揉んでた…」

 「は?」

 「和泉の手。ホラ、こんなに大きいのに…あの時のお姉さんのおっぱい、おっきなマシュマロみたいで、この手からはみ出してこぼれちゃいそうだったもん」

 

 話がどんどん予想外の方向に進み、和泉は慌てる。

 

 いつの話だ?見られた時か?あの時の相手、誰だっけ?どんなことしてたかも覚えてねぇ………。

 

 頭をフル回転させてみるが、記憶に残る女や行為など勿論一つも出てこない。

 

 どんなオッパイどんな揉み方、ってイヤ今ソレどーでもいーし興味ねーわ落ち着け俺……と変な脳内ツッコミを入れつつ、同時になんの話かわからず混乱も増していく。

 

 「いや、え、ちょっと待って。そうしてたかもしんないけど別に好みじゃねぇよ?そもそも俺、巨乳が好きってワケじゃない」

 「でも、いっぱいシてたでしょう?皆、おっぱい大きくて色気溢れる人ばっかりだったんでしょう?

 琴音ちゃんが言ってたもん。男の人が女の子に興奮しないとあーゆーことは出来ないって。

 だから和泉も、やっぱりプルプルおっぱいに興奮してたんでしょう?」

 

 いや、それは…別にそれなりにできちゃうし、そもそも面倒臭くてどうでも良かった…とは、純粋な亜姫には言いにくい。

 ましてや、他の女とスるのに亜姫を想像してどうにか済ませてました、なんて……口が裂けても言えない。 

 

 なので「あー、それは……」と言葉を濁す形になり、亜姫は「やっぱり!」と傷ついた顔をした。

 

 「違う、誤解すんな。俺はホントに大きさは気にしない。

 亜姫のおっぱいに不満を持つことなんてないし、そんなことで気持ちが変わったりもしないよ」

 「じゃあ何を気にするの?」

 「えっ?」

 「大きさは…ってことは、気にする何かがあるんでしょう?和泉の好きなおっぱいって、どんなおっぱい?」

 「……はぁ?」

 「どんなおっぱいが好きなの?」

 

 もう、話の方向性が理解の範疇を遥かに超えている。和泉の思考は遠い彼方に置いてけぼりだ。

 

 惚れた子から卑猥な言葉が連発。だけど、当の本人は純粋な興味を口にしているだけで。

 ……だけで。他気はないワケで。

 

 でも、和泉にしたら。

 理性は揺さぶられるし頭は混乱するしで、とにかく全力を注いで平静を保つ。

 

 「なんで、それを知りたいの?」

 「プルプル以外の、おっぱいの魅力を知りたい」

 

 ………あー、やっぱりそうですよね。俺を意識しての発言じゃないんですよね。

 

 またもや脳内でおかしなツッコミをしてしまった自分は、間違いなく冷静さを欠いている。

 

 ただ。好きな子からこんな話をされたら冷静ではいられない、とも思うわけで。

 手を出そうとは思わないが、話題はできれば変えたい。

 

 しかし食らいつく亜姫。

 「方法、いくらでもあるって言ってた。一緒に考えてくれるって言ったよね?」

 

 そこで、和泉はさっきの話を振り返ってみた。

 

 亜姫の真意を知った上でそのやりとりを思い返してみたら、全然意味が違うとんでもない会話になっていた。

 その面白さに、和泉はまた声を上げてしばらく笑う。

 

 どんだけ好きなんだよ、おっぱい。

 頭ん中、おっぱいしかないのかよ。

 

 今までヒロ達から聞いてた話も思い出して、和泉はしばらく笑いが止まらなかった。

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