第34話 体育祭(2)

 「頼まれたからって、ホイホイついて行くなよ。黒田の時みたいになったらどーすんだ」

 「へっ?こんなに人がいっぱいのところで?

 それよりもビックリしたなぁ。こんな事ってホントにあるんだね」

 亜姫は呑気な声で言う。

 

 「あの状況なら告白しかないって思わなかったのか?明らかにお前に惚れこんでるってわかるだろ。

 野口が持ってきたのは、「好きな人」のカードじゃねぇの?」

 「えー?わかんない。カードは見てないもん。

 まさか告白されるなんて考えもしなかった。だって、この間初めての体験をしたばかりだよ?

 あれだけでも有り得なかったのに、こんな事が続くなんて普通は思わないでしょう。

 和泉と違ってモテないんだから、一目で分かるなんて無理だよ」

 

 あっけらかんという亜姫に、和泉は頭を痛める。

 

 もう少し危機感持てよ、お前の周りには狙ってるヤツがゴロゴロしてんだから。

 

 そう言いたいが、亜姫に言ってもムダだろう。

 うっかりしてると、簡単に手を出されそうだ。

 

 人の気も知らず、当の本人は楽しげに集合場所へ走っていった。

 

 

 和泉はヒロ達の元へ戻り、苛立ち露わに事の次第を伝える。二人は大爆笑で面白がった。

 

 「面白いのが来たなぁ!見たかった!」

 「アッサリ亜姫と友達になりやがった。

 ……俺は一年以上かかったのに……」

 「何を張り合ってんだ。そりゃソイツみたいにストレートにいきゃ、そうなるだろ。

 そのまま横取りされねーように気をつけろよ?」

 ブフッと笑いながらツッコんでくるヒロ。

 

 和泉はますます苛つき、ヒロを蹴飛ばした。

 

 もうすぐ亜姫の出番だ。

 

 

 

 ◇

 足の速い亜姫は一番にカードを引いた。にもかかわらず、顔を赤らめて数秒固まる。そしておずおずと振り向くと、和泉に小さく手招きした。

 

 「俺でいーの?」

 和泉が確認すると、亜姫はほんのり頬を染めて頷く。

 

 その手を取って走り出しながら「カード、見せて」と言うと、「見なくていいから!」と怒ったような返事。

 隙を見て取り上げると、そこには『好きな人』の文字。

 

 亜姫の様子とその文字に、和泉のテンションは一気に上がった。

 亜姫の手をしっかり握り直して猛烈なダッシュ。見事一位でゴールする。

 

 「スゴい、ごぼう抜き!気持ち良かったね!」 

 亜姫が息を切らしながら、楽しそうに笑った。

 例の、喜びを爆発させた笑顔で。

 

 その姿を目にした瞬間、強烈な愛しさと独占欲が和泉の中から噴き出した。

 

 1位の列に並ぶよう促された亜姫が、繋いでいた手を離していく。

 

 だが、和泉はその手を掴み直して、グイッと自分の方へ引き寄せた。

 そのまま後頭部に手を回し、その唇を塞ぐ。

 

 周りが衝撃をうけてざわめく。

 あちこちから聞こえる黄色い悲鳴、放送委員がマイク越しに騒ぎ立てる声……全てを無視して、和泉はゆっくりと顔を離す。

 

 案の定、首まで赤く染まった亜姫が時を止めたように呆然としている。

 

 その顔がまた、たまらなく可愛い。

 囲い込みたい気持ちを押し留め、その背を進行方向へ押し出してやった。

 そして、ざわめく周りを無視して自身もその場を後にする。

  

 

 「バカヤロウ!何してんだお前は!!」

 

 トラックを出たところで待ち構えていた山本に掴まり、和泉は連行された。

 

 「……亜姫を狙うヤツらが多すぎんだよ。

 俺のもんだって見せつけとかねーと、悪い虫がつくだろ?」

 不貞腐れた態度を見せる和泉。

 

 「バカが!少しは亜姫のことを考えろ!

 見せつけるにしても、もっと他のやり方があるだろう!

 あんなところで一人取り残されて、可哀想に……」

 

 あの場から逃げることも出来ず、恥ずかしさを堪えながら小さくなって座る。

 亜姫のそんな姿を思い浮かべて、和泉は思わず笑みを零す。

 

 そして、また山本に叱られた。

 

 「呑気に笑ってんじゃねーよ。あれじゃ、女の嫉妬が全部亜姫に向くぞ?

 自分がどういう目で見られてるかわかってんだろ?そんな調子で亜姫のことをちゃんと守れんのか、お前は!!」 

 「もちろん守る」

  

 当然だと即答する和泉を見て、山本は大きな溜息をついた。

 

 「まさか、お前がここまで変わるとはな……。

 全てに無関心なヤツだと思ってたら、とんでもない…独占欲の固まりじゃねーか……。

 どっちにしても、お前が何かしでかさないか気が気じゃないんだよ。

 まったく…少しは楽させてくれよ。俺も若くないんだから」

 

 後半ボヤキが入り、和泉は笑う。

 入学当初から何かと構ってくるこの教師のことが、和泉は嫌いじゃなかった。

 

 「もうしねーよ、亜姫にも絶対叱られるし。

 ちゃんと行事もこなすし、しっかり守る。

 亜姫を狙う男が想像以上に多くてイラついてたんだ。まぁ…やり過ぎたかなって少し反省してる」 

 「少しじゃない、大いに反省しろ!次は見逃さねーぞ!」

 

 山本は再度溜息をつくと、渋々和泉を解放した。

 

 

 

 ◇

 和泉が戻る途中で、競技を終えた亜姫と会った。

 

 口の動きだけで名前を呼び、おいでとジェスチャーしてみる。が、亜姫は怒るジェスチャーを返してきて「バカ!」と口パクで罵ると、フン!と先に歩いて行った。

 

 それがまた可愛くてたまらない。

 和泉は、そのまま亜姫の後ろをついていく。

 

 「ついて来ないで!あっち行ってよ!」 

 亜姫が途中で振り返り、小さな声で怒ってくるが、戻る場所が一緒なのだから仕方ない。

 すると、そのことに気づいた亜姫は「……もう!」とまた怒って、歩く速度を速めた。

 

 今、一緒にいるのを見られるのは耐えられないのだろう。

 和泉はクスリと笑って後ろ姿を見送った。

 そして、遠のく姿を見ながらのんびり歩いていると。

 

 「おいアンタ!ちょっと!…………和泉!」

 

 呼ばれた声に和泉が振り返ると。

 

 「和泉…さん。………話、あんだけど」

 

 先ほど会ったばかりの野口が、和泉を睨みつけて立っていた。隣に立つ同級生が必死に宥めているが、野口は聞く耳を持たない。

 

 「クソガキが何の用?」

 「亜姫先輩に恥かかせるなよ」

 「は?」

 「………さっきの、あ、アレのことだよ!

 人前であんなことしたら可哀想だろ!亜姫先輩がどんな気持ちになるか、わかんないの?

 そんなことすら分からないなら、さっさと別れろよ!」

 

 野口はまだ純情なのだろう、先ほどの行為を見た恥ずかしさで顔を赤らめた。だがそれはほんの一瞬で、激しい怒りを和泉にぶつける。

 

 「お前にそんなこと言われる筋合いはねぇよ」

 「ある。アンタ、女癖悪いんだろ?一年の間でも、アンタがしてたことは有名なんだよ。

 未だにアンタとヤりたがってるヤツがいるし、隙あらばチャンス狙ってるって…亜姫先輩を出し抜くつもりだって実際に女が話してんのも聞いた。

 実際アンタのそばでは、今でも女がウロついてるじゃねーか。性行為やめたとか女嫌いとか……誰も信じてねぇよ、このクソ野郎!

 ……亜姫先輩をそこに巻き込むな。亜姫先輩はアンタとは違う。…………アンタは、先輩にふさわしくない」

 

 いつの間にかヒロ達がそばにいて、面白そうに野口を見ている。

 だがその存在を確認しても彼は引くことなく、真っ直ぐに和泉を睨みつけていた。

 

 そんな彼を、和泉は「ちょっと来い」と引きずって行く。

 

 「何すんだよ!離せよ!」

 「あんなとこで話をしてたら亜姫にも迷惑かかるって……分かんない?」

 和泉が呆れた目を向ける。

 

 すると野口は口を噤み、大人しく歩き出した。

 その後ろから、ヒロ達も面白そうについてきた。

 

 

 

 ◇

和泉は人のいない場所を選び、野口と向き合った。


 「……で?偉そうに言ってるけど、亜姫の何を知ってんの?

 お前、一年だろ?亜姫のことは、入学前から知ってたワケ?」

 「入学してからだよ。だけど、ずっと見てきた。

 話したのは今日が初めてだけど…それでも亜姫先輩がどんな人かなんて、あれだけ見てればわかるよ。アンタとは全然違う」

 

 「だから?女にだらしない俺よりは、自分の方がマシだって?だから成長するまで待ってろって言ったわけ?」

 「違う!…ただ、ホントに亜姫先輩のことが好きなんだ。こんな事、アンタに言うのも変だけど……。

 今日は断られたけど、一年経てば俺だって…」

 「その時は、俺も一年経って更にいい男になってると思うけど?縮まらないよ?」

 「うるせーな!その頃、アンタは女にだらしないのを理由にフラれてる!俺はこれから伸びしろしかねぇ!」

 

 ブハッ!とヒロが噴き出した。戸塚も笑いを堪えている。

 

 「なっ!何で笑うんだよ!アンタら、全員クソだろ!」

 

 キレる野口に、和泉もつい笑ってしまった。

 

 「和泉、これが例の野口?」

 「そう。クソガキだろ?」

 「面白すぎる。こんなに噛みつくヤツ、初めて見た。お前ボロックソに言われてるじゃん!」

 「まぁ、大体は事実だけどさ…。俺も舐められたもんだよなぁ」

 

 のんびり話す和泉達に、また野口が噛みつく。

 

 「無視すんな!…和泉さん、いつ別れんの?亜姫先輩を傷つける前に離れろよ。

 アンタだけじゃなくて、アンタの周りにも先輩を傷つける要素が多すぎる。

 ……マジで、遊びなら手ェ引いてくれよ……」

 

 和泉は改めて野口を観察する。

 

 口も態度も最悪だが、野口から感じるのは純粋に亜姫を想う気持ちだけ。

 外見は少年にしか見えない。だが中身は見た目に反して男気があり、率直な物言いは厳しさはあれど嫌味が無い。

 

 辛辣に言われ続けているにも関わらず、和泉はやはり好感を持った。

 

 「野口は亜姫に本気なんだな?」

 「そうだよ。そう言ってるだろ。じゃなきゃ、あんなこと先輩に言わねぇよ」

 

 迷いなく断言する野口を見て、和泉は態度を改めた。

 

 「じゃあ、ちゃんと答えるよ。俺は本気だ。遊びじゃない」

 「え……?」

 「亜姫を好きだって気づいた時から、女とは一切関わってない。

 誰が近づこうが相手する気もねーし、これから先も亜姫しか見ない。

 別れる気も手放す気もない。そんな状況を作るようなことなんて絶対にしない。

 だから。野口が亜姫を手に入れる日も来ない」

 

 野口が驚愕の表情を浮かべる。こんな返事が返ってくるとは思っていなかったのだ。

 

 しかし、彼は簡単には怯まなかった。

  

 「…亜姫先輩の方が、アンタに愛想尽かすかもしれないだろ」

 「そんなの、俺が一番よくわかってんだよ。今のままでいるわけないだろ。

 亜姫のそばにいる為に…亜姫を守る為に、俺は変わろうと必死なんだ。

 一年後、惚れ直されることはあっても愛想尽かされることはねぇよ。

 だから。お前がどんなに成長しても、俺には勝てない。残念だったな」

 和泉は、ニヤリと笑った。

 

 野口はしばらく固まっていたが。

 

 「……っ、そんなの!やってみなきゃわかんないだろ!!

 アンタにだけは!絶対負けねぇ!見てろよ!!」

 そう叫んで、怒りながら戻っていった。

 横にいるヒロ達には「失礼します!」と律儀に挨拶をして。

 

 その姿を見送って、また三人で笑う。

 

 「野口、いいわー」

 「和泉、ウカウカしてるとマジで持っていかれるんじゃない?あれは相当本気だね」

 「クソガキだけど、なんか憎めないよなぁ」

 「それな。なーんか、可愛いよな」

 

 

 彼は不利な体型にも関わらず、この勝ち気な性格と真面目に努力を重ね続けるストイックさで才能を開花させている、バレー部期待の星らしい。

 

 そんな彼は事ある毎に和泉に絡み、亜姫から2人は仲良しだと不本意な誤解を受けるようになったのだが──それはまた後々。

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